第23話 グレイル視点

グレイル視点となります

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 手の平に載っている異世界の子供からもらった小さな四角い物を指でつまみ上げる。

 馬車にさっきまで一緒に載っていた異世界の子供からは、甘いような不思議なにおいがしていた。

 どうやらこの小さな四角い銀色の金属が匂いの正体だったようだ。

 子供は何といったか?

 よかったら食べてください?

 これが、食べ物か?

 軽いとはいえ、この銀色は金属だろう?

 金属を食べるモンスターもいると言うが……もしかして子供のいた世界の人間は金属を食べるのか?

 あとで鑑定してもらうとして。

 くるくると指先で不思議な金属をまわしてみると、どうやら金属は折りたたまれているようだ。

「なんだこれは……。金属だと思っていた銀色のこれは、まるで紙のようだ。しかも薄く加工した羊皮紙よりも高価な紙……」

 驚くことはそればかりではない。

 包んでいた金属色をした紙の中から出てきたものもまた何か全く分からない。

 薄い土色をした四角い物体。金属とも木ともパンや肉などとも違う質感。

「ああ、あれに似ている」

 グイっと指先で突くと爪の跡が残った。

「やはり……か」

 自分の知っている物よりはずいぶんと艶があるが、これは粘土だろう。艶の正体はなんだ。はちみつのような艶、はたまた卵のような艶。

 どちらにしても、器やレンガを作る粘土のような……つまりは土。

 モンスターの中には土を食べる種類もあるが……。

 粘土を金属の紙で包んである……。わざわざこのようなことをしているということは、貴重品なのかもしれない。ただの携帯食であれば巾着にでも放り込めば済みだろう。それを紙にしろ金属にしろ個別に包むなど。

 せめてものお詫びにと渡した品にとても丁寧に礼を言われた。

 ……こちの世界の人間のせいでひどい目にあっているというのに……。

 ぐっと奥歯をかみしめる。

 陛下のせいにするのは簡単だ。だが、その陛下の蛮行を止められない俺だって同罪だろう。

 子供の曇りのない黒くてキラキラした目を思い出す。

「くそうっ」

 思わずいら立ちが募り、馬車の座席をこぶしで叩きつける。

「おっと。……」

 座席の板を割ってしまった。失敗失敗。

 向かい側の座席からクッションを取り、穴の上に置いて見えないようにしておく。

 ふぅー。穴が開いたおかげですぅーっと冷静さを取り戻せた。まぁ、怪我の功名ってやつだ。うん。穴、……クッションを置けば見えないし、問題ない。

 子供が大切な食べ物を分けてくれたのだ。

 とても食べられないとしても、粗末にしては駄目だな……。

 銀色の紙なのか金属なのかで、艶のある粘土をもとのように包んでポケットにしまう。

 馬車がゆるゆると進みながら、子供の姿を思い出していた。

 艶のある黒い髪。肩に届くか届かないかの長さできっちりと切りそろえられていた。肌は白くてなめらか。

 穴も汚れも一つもない、黒いズボンに皮の靴。長袖の上からかぶるゆったりとした形の分厚い生地の服を着ていた。丈が短いのにフードがついていた。変わったデザインの服だった。

 しかし……。髪や肌の手入れもされて、汚れもない服を着ていたことから考えると、それなりの立場のある子供だったのだろう。

 不測の事態が起きたことにも取り乱すことなく、冷静にいろいろと見て判断していたと思う。言葉遣いも丁寧だった。

 もしかすると……。異世界の貴族……いいや、帝王学を叩きこまれた王子だと言われても信じるレベルだ。

 ……だとしたら、この四角い不思議な食べ物に見えない食べ物は、やはりとても高価なもの。例えば回復効果があるとか、特別な力を持つ魔法アイテムなのでは……?

 いや、さっぱりわからんな。


「おかえりなさい殿下」

 馬車が城に着くと、すぐに部下の一人が馬車の扉を開けた。

「殿下はよせと言ってるだろう」

「あはは~いや、今はこっちの仕事じゃないですし」

「俺の留守中、問題はなかったか?」

 馬車から飛び降りる。

 そういえば、馬車に乗り込むときに踏み台がなくて四苦八苦してたな。両脇を抱えて馬車に乗せてやったら、驚いた顔をしていた。

 目が飛び出すかというくらいまん丸にして。なんか恥ずかしそうにうつむいてたが。もし想像のように王子だとすると自尊心を傷つけてしまったかな?

「問題、全然ないですよ。みんな隊長がいなくてのびのびと」

 口の軽い部下が俺の顔を見て口をつぐんだ。

「そうか、俺がいなくてのびのびだったか。ずいぶん気が緩んでいたとそういうことか?」

「め、滅相もない、隊長がいなくてもだれ一人訓練をさぼることなく、普段以上に身を入れて励んでおりまし……」

「お前は分かりやすいな。嘘をつくときは、右の眉毛の端だけ上に上がる」

 はっとして部下が左の眉を抑えた。そっちは逆だ。

 呆れてため息を漏らしながら、ずっとかぶっていた兜を脱いで部下に渡す。

「うへー、隊長、馬車の中でもずっとかぶっていたんっすか?」

「あ?ああ。いつ命を狙われるか分からんからな」

「もー、だから、隊長自ら連れてくことなかったんですよ。私たちに命じてくれれば。子供を一人森まで連れていくだけでしょう?」

 城に向かって歩き出すと、後ろを部下がおしゃべりをつづけながらついてくる。

 これでも副隊長なんだよ。剣も魔法も使え、腕も確かだ。

 それに何より人懐こい性格で、人望もある。いざというときの判断力もあり、そういう面での信用はあるんだが……。

「お前に任せたらどんな失礼な態度をとるか分かったもんじゃない。王族に対してもソレだからな」

「で、グレイル殿下に置かれましては、ご機嫌麗しゅう」

 急にびしっと背筋を伸ばした副隊長の頭を小突く。

「だから、殿下はよせ。それから今更だ、俺に対しては今更態度を改める必要はない」

「で、わざわざ命の危険を冒してまで送って行って何か収穫はありましたか?」

 副隊長……ダンの言葉に首を横に振る。

「あの子のいた世界では魔法はなかったそうだ。だから新しい魔法の情報を得ることもできなかったし、あの子から世に新しい魔法が広まることもないだろう」

 ダンがふぅと小さくため息を吐き出した。

「そうですか。残念なのかほっとしたのか。ったく美味しい物が食べたいってそれだけで異世界から気軽に人を召喚するのもやめてほしいもんですよねぇ。あのバカ陛下……おっと、口が過ぎました」

 ダンの言葉に苦笑するしかない。

「後始末のことも考えてほしいところだな。西の国では召喚した者が桁外れな力を持っていたため勇者としてあがめられていると聞く。もしそのような力を持ったものを召喚してしまった場合、自分の立場も危ういと言うのに……」

 幸いというか、 西の国の勇者は世界をわが手に入れようと言うような野望は持っていなかったから救われているが。もし、噂通りのすごい力を有した者が召喚され、その者が世界を征服しようと言うような野望を持っていた場合……。いいや、自分の属する世界から召喚されたことに怒り、この世界に復讐しようとした場合の方が悲劇だろうか。皆殺しにしてやると、罪のない者の命が奪われることさえある。

 ……。召喚が行える能力を持った神官が現れなければよかったのだ。6年前のあのとき。偶然召喚する能力に神官が目覚めた

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