第4話

 ――と、私がこの世界に召喚された時のことを思い出している間も、兵士さんが説明を続けてくれていました。

「いいか、こっちが焼いた肉。こっちは生の肉だ。生の肉は動物の肉で、魔石が無くても手に入る。だが、焼かねば食べられない。焼くにはほら」

 鞄の中から小ぶりのフライパンのような物を兵士さんが出しました。

「こいつは肉を焼く道具だ」

 知ってますよ。

「あっ、火は起したことがあるか?」

「ないです」

 私の答えに、兵士さんがふぅとため息をついた。そんな残念な子を見る目を向けないでください。

 火の起し方は知っているんですよ。理科で習いましたから。摩擦とか太陽の光を使うんですよね。

 木の棒を回したり、虫メガネで焦点を合わせたり。そうそう、お水をビニール袋に入れたものをレンズの代わりに使って火を起こせるそうです。すごいですよね。

「そう、だよな。うん、火なんて兵の訓練で行うくらいだもんな……あー。まぁ、これは……そうだな、その……」

 兵士さんが困った顔をしてフライパンを見た。

「低級モンスターを倒す武器だ。うん、剣や弓なんて使ったことないだろう?これで叩けば倒せるから。それで魔石を手に入れりゃ食うものに困ることはないだろう」

 へ?

 なんか、おかしなことを言いだしましたよ?

 フライパンはフライパンですよ?

 モンスターを倒す武器ではありませんよ?

「しかし、おじ……陛下も酷いことをするよな。こんな子供を異世界から召喚して放り出すなんてよ……」

 ん?

 こんな子供?

 思わず周りを見渡してしまいました。他に人はいません。兵士さんと私だけです。

 ということは、子供だと言われたのは私のことでしょうか?

 これでも、日本ではしっかり成人して社会人5年目のれっきとした大人なのですが……。しかも一人暮らし歴も結構長いですよ?高校1年の時に両親が亡くなったので……。それからずっと実家の古い一軒家で一人暮らししていました。

 もしかして、日本人は子供に見える現象なのでしょうか?まぁ、日本でも社会人なのに補導されそうになると言う事件もありましたけれども。大人ですっ!私、立派な大人ですから!ぷんすか。

 兵士さんの大きな豆だらけの手が私の頭を撫でます。

 あれ?いつの間にか焼いた肉も生肉もありません。魔石に戻してしまったのでしょう。

 お腹が空きました。食べたかったです……。

「すまんな、俺にしてやれることはこれくらいしかなくて。町についたら教会ではなくギルドに行け。いいな」

 教会ではなくギルド?

 ギルドというと、ファンタジーな漫画や小説に出てくるギルドのことでしょうか?

 兵士さんは、斜めかけの麻っぽいごわごわした布で作った鞄に、毛布やコップやフライパンなど説明した道具を詰め込みました。

 それを私の肩にかけると、ポンと肩を叩きます。……この世界でも頑張れよというような気持ちが込められているのでしょうか。

「ちょっと遠いが、もし隣国へ行こうと思ったらこれを使え。南の国ならこれで何とかなる……すまん、本当にこんなことしかできない」

 なぜか兵士さんが本当に申し訳なさそうに謝りながら、私の首にコインのようなものが付いたネックレスをかけました。

 別に兵士さんは何も悪くないです。むしろとても色々親切にしていただいていると思うんです。

「いいえ。ありがとうございます。あの……私、大人なので大丈夫です」

 安心させるようにニコリと笑うと、兵士さんはうっとうなって目元をこすりました。

 泣いてる?

「子供が知らない世界に連れてこられて放り出されて平気なはずない……本当に……すまん……。やはり、陛下をあのままにしておくのは……」

 あれ?今度は陛下に対して怒っている?

 知らない子供……私は子供じゃないですけど、のために、泣いたり怒ったりしてくれるなんて、やっぱり兵士さんは優しくていい人です。

 もしかしたら、私にこうして色々手渡してくれたものは、国からの支給品じゃなくて個人的に用意してくれたものなのかもしれません。


「じゃあな」

 兵士さんが背中を向けて馬車に乗り込みました。

「あの、これ!お礼です。食べてください!」

 何かお礼をしたくて、とっさにポケットの中に入っていたキャラメルを1つ取り出し兵士さんに手渡しました。

「あ?ああ、ありがとう」

 銀色の包み紙にくるまれた小さなキャラメルを大きな手に載せ、ちょっと首を傾げた後に兵士さんはお礼を言って手を振りました。

 馬車はゆっくりと動き出し、そして次第にスピードを上げて遠ざかっていきます。

 あれ?もしかして銀色の紙なんてこの世界にはないから、金属に包んだ何かだと思われてしまったのでしょうか。だとしたら首を傾げたのも頷けます。ちゃんと説明した方がよかったかもしれません……。と、考えている間に、馬車はどんどん遠ざかっていきました。

「あ、兵士さんに尋ねるの忘れちゃいました……」

 魔石は、食べたことのある物を出すことができる……って話ですけど、生肉……。

「兵士さん、生肉を食べたことがあるのかな?食べちゃだめって言っていたのに……」

 

 4月17日 晴れ

「うー……お腹が空きました……」

 昨日、兵士さんと別れた後に、すぐに貰った魔石を1つ取り出して手の平に載せたのです。

 パンと何度言ってもパンは出てきませんでした……。

 仕方が無いので、空腹を抱えて言われた方向……南へ向かって歩いていたのですが。お腹が空きました。もうまるっと2日食べていません。いえ、ポケットにあったキャラメルを3個食べました。それだけです。

「あ、魔石みぃーっけ」

 舗装されてない森の道。下を向いて歩いて行くと、小さな赤い石が時々落ちています。

 貰った魔石は小指の爪くらいの大きさですが、落ちているのはそれよりももっと小さな米粒サイズの魔石です。

 小さくて見落としそうですが、薄茶色い地面に真っ赤な色はとても目立つので見つけることができます。もう、20個ほど拾いました。

 一人で道を歩いていると退屈しそうなのですが、宝探しをしているみたいでちょっと楽しいです。

「またありました!」

 米粒サイズの魔石を指先でつまんで拾います。

 ……そういえば、貰った小指の先の大きさの魔石は兵士さんはパンにして見せてくれました。

 肉を見せてくれたときは親指の爪くらいの大きさの魔石でした。

 お城で「今まで食べた中で一番高い食べ物」と言われたときには目の前にあった魔石は拳くらいの大きさでした。

 大きさによって、出せる食べ物の値段というか価値が違うということですよね?

 ……ん?

 ちょっと待ってください。

 お城で私、何か頭にかぶせられましたよね?あれは何という名前でしたっけ?

 確か……魔力増強装置……?

 魔力?増強?

 あれ?もしかして……?拳くらいの大きな魔石で高い食べ物を出すには私には魔力が足りないから魔力増強装置をつけられたのだとすると……。

 革袋から小指の爪サイズの魔石を取り出して右手に載せる。左手には今拾った米粒サイズの魔石。

「パン」

 と、口にしても相変わらず全くパンは出てきません。

 次に、ちょっとドキドキしながら新しい単語を口にします。

「うまいんだ棒」

 ええ。誰もが知る、10円で買うことができるとっても美味しいちくわみたいな形の駄菓子です。


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食べた当時の値段が反映されます。

現在どんどんいろいろなものが値上がりしておりますが……。汗

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