第44話 去れ

あっ。

シユは、ふと我に返った。


指先から滑り落ちた茶碗は、床の上で真っ二つに割れ、辺りに中身が飛散している。


「何をしておる」

手伝いに来たはずなのに、逆に迷惑をかけてしまっている。


「もうよい。今日は帰りなさい」

シユは、言い返そうと開きかけた口を閉じ、薬箱を片付けた。


学ばなければならないことはたくさんあるのに、手に付かない。


道すがら、値の張る酒を買い、一口飲む。最近、少しなら飲めるようになった。


ハクインの家のそばまで来ると、女が走り去って行くのが見えた。


泣いている?


部屋に入ると、不機嫌そうなハクインが、寝台の端に座っていた。


明らかに、体を重ねた後だろう。しかし、その後、喧嘩したのかも知れない。


女を泣かせるなんて、らしくない。いつも、優し過ぎるほどなのに。


「酒は飲むなと言われてるだろ」

「飲んでない」

「嘘つくな」


ハクインは酒瓶を奪い取ると、シユを寝台の上へ突き飛ばした。


顔は赤く、首や胸元に湿疹のような腫れが浮かんでいる。


昼間から酒を飲み、平然と嘘をつくようになった。


俺のせいか?

いや、あの男が、甘やかすからだ。


しなくてよい苦労をする必要はない。

だが、


「あいつが死んだら…」

どうするんだ?言いかけて、止める。


二人の注意は、外へと向かった。馬の嘶きが聞こえたからだ。


現れたのは、ジンロンだった。馬二頭を引き連れている。


「今すぐに王都を去れとのご命令です」

それを聞いて、シユは瞬時に動いた。

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