第36話 気に入らない

部屋の外から、大きな足音が聞こえて、ギヨウは目覚めた。


腕枕していた片腕を抜き取ろうとすると、シユが寝台から、転がり落ちかける。


そこへ、バンバンと、戸を叩く音が響いた。

「いつまで寝ているつもりだ?」


シユを狭い寝台の上に引き戻し、ギヨウは立ち上がる。


今日は、馬市の日だったか。子馬を見に行くと、言っていたな。


「聞こえてるか?」

声が大きい。シユは寝起きが悪いから、こうなるのは理解できるが。


「ここを開けろ」

「聞こえている」


中で閂を引く音がして、その後、静かに戸が開く。


ハクインは、咄嗟に身構えた。ただならぬ気配を感じ取ったからだ。


危うく、斬りかかるところだった。

ここで寝たのか?


「少し待て」

男はそう言って、部屋へと戻る。髪は乱れ、服も皺が寄っている。


こうした姿を見ることは、珍しいことでもない。ただ、それは昔の話だ。


シユは、無理やり起こされると、寝台の端に腰をかけた。


それから、だるそうな顔をして、ハクインを横目で見た。


行くと言い出したのは自分なのに、これだ。あとで、お仕置きしてやる。


男は、棚に無造作に積んである服を漁っている。


一式を選んで、シユに押し付けると、シユは首を振った。


「時間がない」

男は、諭すように言う。


「それでいいだろ。我が儘言うなら、連れて行かないぞ」


渋々、シユが着替え始めると、ギヨウは部屋を後にする。


すれ違いざま、ハクインに命じた。

「傷一つ付けずに、帰せ」

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