第35話 三日月

シユは王府を出て、王都中心にある屋敷に来ていた。


届いたばかりの風呂桶は、自分の部屋には入らなかった。


そして、その大きさ故、お湯を張るのも大変だった。


井戸から水を運び、調理場の大釜で熱して、その湯を馬小屋へと運ぶ、を繰り返す。


半分、溜まったところで、もう諦めて、裸になった。


桶のふちに頭を乗せ、仰向けに寝転がる。馬の視線さえ気にしなければ、極楽だ。


日が暮れて、外は暗くなり始めていた。雲の切れ目から、三日月が顔を覗かせている。


ヒツやボウは、元気だろうか?

向こうでも、同じ月を眺めているはずだ。


夜衣を着て、シユは自室へと戻った。扉が少し、開いている。


中を見ると、王府にいるはずのギヨウが、寝台のそばに立っている。


わざわざ、部屋まで来るなんて、どうしたことだろう。


机の上に、王府から持ち出したものを、置いていた。


自分が大切にしている思い出の品だ。気づかれただろうか?


お前はもう要らないと言われたら、出て行かなければならない。


そうなったら、その日暮らしの生活を楽しむと決めている。


シユが下を向くと、ギヨウが近寄って来て、顎をしゃくった。


シユは、目の前の男を見上げざるを得なくなる。


突如、抗いたくなり、両手を使って、その手を引き剥がそうと試みる。


自分だって、男だ。その辺の女子供よりかは、力はある。


しかし、力を込めるほど、逆に、両頬を強く押し込まれ、口をむにゅっとされる。


「面白い顔だ」


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