第34話 飛んで来た

その日は、東門の外で、ちょっとした騒ぎが起きていた。


門番たちは、跪く婦人を立ち退かせようとしたが、婦人は頑なに動こうとしなかった。


シユは、厩舎にいた。東殿に戻ると、武官たちが、別の建物に集まっている。


ギヨウが人払いをしたらしい。今、正室には女がいる、と教えられた。


「おい、行くな」

静止を無視し、シユは正室まで行って、窓の間隙から、中を覗き込む。


ギヨウは肩肘をつき、女の話にじっと耳を傾けている。


皆、忘れているようだが、我々のご主人様は、妻帯者だ。


机の前に座っているのは、夫人だろう。身につけている装飾品は、極上のものだ。


一瞬、そのご主人様と目が合った。ぎくりとしたのも束の間。


顔の近くで、ドンと音がした。シユは驚き、ぺたんと床に尻餅をつく。


鼻先に飛んで来たのは、暗器の一種、匕首だ。


閉じた扉のわずかな隙間から、鋭利な刃先が覗いている。


シユは、自室から匕首を持って来て、練習用の的がある中庭に出た。


少し離れた所から、匕首を投げる。何度か試すも、的に当たらない。


すると、若手の武官たちがやって来て、おのおの懐から、匕首を取り出した。


一人が一発で的の中央に命中させると、他の者も同様に続く。


むしろ、当たらない方が不思議だ、という目で、武官たちが見て来る。


彼らは、少しずつ後ろへと下がり、誰が最初に外すかのゲームを始めた。


随分と楽しそうだ。自分も武官になれたら良かったのに。シユは、ため息をついた。


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