第32話 所有の証

椅子に括られている手足が痛い。全く、動かせない。


お前の命は、私のものだ。

昨夜、そう告げられた。


この男が本気で怒る姿を、初めて見た。正確に言えば、怒りを止められない姿、だ。


「奴隷に焼印一つ、押せないわけはない」

ギヨウは、独り言のように呟く。


焼印は、所有の証しだ。自分の命さえ、自分の意のままに、ならなくなる。


シユは、男の手に握られている恐ろしい道具を見つめた。


細長い棒の先端部分は、燃え盛る炎で、じっくりと炙られている。


その手つきは、手慣れているようにも見えて、シユは怖くなる。


この男のすべてを知っているかと言えば、自信はない。


戦場では、人が変わったようになる、と聞いたこともある。


「天から、母が見ている」

「あの世などない。もうどこにもいない」


母を引き合いに出しても止められないなら、もう無理だ。


焼きごてを押された人間は、奴隷市に沢山いる。


尋常ではない熱さのはずだが、死ぬ程ではないということだ。


ギヨウが目の前に来て、シユは反射的に目を背ける。とても見ていられない。


別の楽しいことを考えていないと、謝罪を口にしてしまいそうだ。


しかし、いつまで経っても、体に熱を感じることはなかった。


おそるおそる目を開けると、ギヨウは、もうどこにも居なかった。


しばらくして、ギヨウの腹心の一人が、入って来た。


体を拘束している縄を解きながら、シユに不満を漏らす。


「何をして、こんなに怒らせた?」

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