第23話 たらい

ハクインはそっと、衝立の手前へと、歩み寄った。


施薬院の裏にある屋敷は、ギヨウが所有する別邸だ。


離れは、使用人の部屋となっていて、シユの部屋もそこにある。


ぴちゃぴちゃと、部屋の外まで聞こえていた水の音が、急に止んだ。


気配に気づいたようだ。警戒しているのが、伝わって来る。


衝立の内側を覗くと、三年以上ぶりに見る、シユがいた。


円形のたらいの中で、片方の膝を立て、もう片方を、くの字型に曲げて、座っている。


「勝手に覗くな」

侵入者が誰だか分かり、シユは、安堵した様子だ。


昨日の嵐とは打って変わり、凛とした月の美しい夜だった。


窓格子から差し込む黄金色の光が、シユの細部を照らす。


黒目がちな両眼に、筋の通った鼻梁。少し上を向いた形の良い鼻。


紅をさしたように赤い唇は、口角に向かって上がっている。髪を切ったのは、意外だ。


「あっち行け」

シユはそう言って、たらいの湯を、ハクインに向けて、飛ばした。


「かけるな」

ハクインは慌てて、衝立の後ろに身を隠し、笑いを噛み殺した。


なんだって、そんなボロいたらいに、少しの湯で、湯浴みする必要があるのだ。


昔、そのたらいで、ギヨウに体を洗ってもらっていたのは、知っている。


「あいつに大きな風呂桶を買ってもらえ。今、兄貴より金持ちだって、噂だぞ」


先程、王府に行ったら、シユは屋敷にいると言われ、無駄足を踏んだ。


「王府に行きたくないなら、″俺の家″に来るか?」


「…行く」

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