第11話 母の一部

シユは、女主人に呼ばれて、邸店の最上階、最奥の部屋まで、やって来た。


部屋の中央に、ヒツの姿がある。両膝を床につき、手を後ろで組んでいる。


「盗んだものを返せ」

見覚えのある顔だった。中央の官吏だ。なぜ、こんなところに?


「知らないって、言ってるだろ」

ヒツは、苛立っている。いつもの鼻にかかる甘やかな声ではない。


背後から羽交締めにされ、ヒツの隣へと、連れて行かれる。


衝立の後ろから、一人の男が出て来た。シユは、驚愕した。ソウハだ。


これは、大変なことが起きている。自ら膝を折り、両手を後ろで組む。


ソウハの腹心と、ヒツの問答は続いた。朧げだが、状況が掴めて来た。


ヒツが知らないと言うのは、それを盗んだのに、盗んだ認識がないからだ。


シユは、不思議に思っていた。部屋に、見たことのない書簡があった。


一つは地図で、経路が細かく記され、その他に、日時や人名、数字などが書かれていた。


もう一つは、毒薬の生成方法を記した書で、書いてあることは、既知だった。


ゴフから教わったのだ。ただ、人に漏らしてはならぬ、と言われていた。


シユは、ソウハの後ろにある衝立の方へと、視線を向けた。


この身を母の一部として大切に扱う男が、そこにいて、助けてくれるのではないか。


しかし、すぐに、その淡い期待を、自ら打ち消した。


いつもはそれを腹立たしく思うのに、こんな時にだけ、虫が良すぎる。


ヒツに話さなければ良かった。

これは、自分のせいだ。

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