第7話 通行許可証

翌日、シユは邸店に戻った。頼まれていた品を女主人に渡し、階段を上がる。


「ヒツは、こっちにいるよ」

隣室のボウが、声を掛けて来た。


「どこへ行ってたの?」

声がして、シユは振り返った。一目で、ヒツが酔っているのが、分かった。


「髪はどうしたのかな」

耳に、ふぅーっと息を吹きかけられ、シユは、眉根を寄せる。


誰のせいだと思ってるんだ?


「怒ってる」

ヒツは笑い、シユの手を引いて、自分たちの部屋へと入った。


「これ、あげる」

ヒツが差し出したものを見て、シユは驚く。


「欲しがってたでしょ」

これがあれば、東の国境を越えられる。ずっと手に入らなかったのに、なぜ今になって。


「どうしたの?」

「もらった」

「誰に?」

「さぁ。誰かな」


通行許可証は二枚あり、軍部で発行されたもののようだ。印影に見覚えがある。


どのように手に入れたのか、シユには皆目、検討がつかない。


「何してる?」

シユは、ヒツが自分の服の中をまさぐっているのに気がついた。


「久しぶりにしてあげる」

そう言い、ヒツは口を開けて、何かを咥える仕草をした。


ヒツの口淫は、男なら皆、その誘いに抗えないほどの気持ちのよさだ。


シユは一瞬悩むが、ヒツから視線を離し、通行証を今一度、じっと見つめる。


国境の向こうには、どんな世界が広がっているのだろう。


根も葉もない噂話は、聞き飽きた。行って、この目で確かめたい。


自分よりも通行証に関心を示すシユに、ヒツは、フンッと、鼻を鳴らした。

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