第5話 怒りの矛先

ギヨウが自分を遠ざけたのは、当然のことだ。


この三年、どれほど熾烈な闘いが、国境の向こうで繰り広げられていただろう。


戦禍が長引くにつれ、人々の生活は、目に見えて苦しくなった。


怒りの矛先は、王家に、とりわけ戦闘を指揮するギヨウに向かった。


部屋の奥に視線をやると、ギヨウは、机の前に座って、書を読んでいる。


街なかで囁かれる噂話は、どうにも信じがたい内容だ。


ギヨウ軍が、侵略した先々で、老若男女を殺戮し、家々に火を放っている、と。


だが、それを言うなら、成立からして、この国は血塗られている。


先住の民を武力で制圧し、北へ東へと領土を拡大して来たのだ。


ギヨウが顔を上げる。どこか遠い目をして、こちらを見ている。


次の瞬間、驚いたような顔をして、握った手を口元へと寄せた。


しかし、シユと目が合うと、その目は感情を押し殺すように、スッと細められた。


ギヨウの反応を、シユは瞬きもせず、見つめていた。


悲しみはいつしか、怒りや憎しみに変化し、爆発の時を迎えていた。


シユはギヨウに向かって、部屋の中を大股で直進した。


激情に身を任せ、片っ端から長机の上の物を、床に叩き落としていく。


そして、最後には机を踏み越えて、ギヨウに飛びかかった。


ギヨウは、逃げることも、抵抗することもしなかった。


シユを受け止めるようにして、そのまま背中から落ちてゆく。もの凄い音がした。


「…重くなった」

ギヨウは、苦しそうに呟いた。

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