第3話 取引
ヒツの現在の主人は、商人と聞いていたが、ただの商人ではなかった。
歳は、四十半ばくらいだろうか。シユが差し出した銀貨を、思案げに見つめている。
地元の有力者相手に、自分は一体、何をしているのだろう。
ヒツが受け取った金を倍返ししても、この男は喜ばないどころか、激怒しそうだ。
「眠り薬の匂いか」
言われて、シユは、指先をギュッと握り込んだ。
昨夜ヒツには、催眠性のある薬草を嗅がせた。その時に付いた匂いだろう。
後方に回り込んだ男が、後頭部に触れたのに気づき、シユは固まる。
見えないが、束ねた髪をすくい上げ、何かしているようだ。
ヒツから、同居人がいることは聞いていたが、このような子とは。
髪を見れば、それまでの暮らし向き、その人となりが分かるというものだ。
純度の高い銀貨に、舶来品の睡眠薬。手入れの行き届いた、艶やかな髪の毛。
髪一本すらも、慈しまれて育った子だ。そして、それを本人も理解している。
これは面白い。
ならば。
「お前の髪をくれるなら、ヒツのことは大目に見る」
シユは驚き、理解した。この男が今、関心を寄せているのは、ヒツでも自分でもない。
高みにいる人間は、常人とは異なる価値観で、世界を俯瞰している。
この髪に執着する人間を、一人だけ、シユは知っていた。
シユは、懐に入れていた小刀を取り出し、自分の髪を結び目の根元から切り落とした。
欲しいのなら、髪など喜んでくれてやる。
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