2.森と湖の章
サーラは森に入りました。
名も知れぬ大木が空に向かって伸び、枝々が厚く太陽の光を遮っていました。
地面はじゅくじゅくと湿り、数知れぬムカデやナメクジやら、日陰に住むものたちが足元をうごめいていした。
それらは、サーラが
しかし今、足元にうごめくものたちには何も感じませんでした。自分の足が触れて、枯れてしまう花がない。そのことだけが心の救いでした。
サーラは行く当てもなく進みました。木々の梢から落ちてくる水の雫に口を向け、喉の渇きをいやしました。夜になり、暗闇が周囲をおおえば、太い木の根元に身体を寄せて目を閉じました。
「私は何のために生きているの」
木の幹に流れる微かな水の音を聞きながら、眠りにつくまでつぶやき続けました。
ある日、サーラは小さな川を見つけました。そっと手を浸してみると、その水のなんと冷たく心地よいこと。瞳は大きく開き、暗がりに笑顔が広がりました。
「手を入れているのに、この水は汚れない。この流れの先に、私を迎えてくれる場所があるに違いない」
サーラは川に沿って歩きました。しばらくして、突然、暗がりが割れて明るさが広がりました。
目の前に、青く澄んだ水をたたえた湖がありました。周囲は黒い森に囲まれています。
サーラは水の中に駆け込みました。身体にまといついていた汚れが流れていきます。水の乱れがおさまった時、鏡のような水面に顔が映りました。やはりそこには、汚れたままの自分の顔がありました。
「どうしても、この汚れは落ちない。でもこの湖は私を迎えてくれる。ならば、いっそのこと、この湖に身体を沈めよう」
そうつぶやいて、水の深みに歩きはじめました。
「娘よ、湖を汚していかん」
突然、しゃがれ声が呼び止めました。少し離れた岸辺に年老いた男が立っていました。
「無理に命を沈めれば、この湖は何年もの間、赤く濁ったままとなる。おまえはそれでもよいのか」
「私は、この湖さえ 汚そうとしていた。ああ、私に汚されることなく迎えてくれるものはどこにもない」
サーラは力なくうつむきました。もはや、涙は枯れ果てて出てきませんでした。
「それは違う。この清らかな水をたたえる湖は、生きようとする全てのものを迎えてくれる」
湖面をわたったサーラのつぶやきに老人が答えました。
老人は水を切って歩いてくると、サーラの手を引いて、森との境に建っている小屋に連れていきました。
きしいだ戸を押した中は、薄暗く埃だらけで、そこら中にクモの巣がかかっていました。
「ここにはおまえが触れても汚れるものは何もない。行く所がないのなら、ここにお住まい」
優しい老人の声に、サーラは静かにうなずきました。
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