第16話 縁繋ぎの指輪

▽第十六話 縁繋ぎの指輪

 私は四日も眠りっぱなしだったらしい。

 目覚めれば無表情の幼馴染みが、私の顔を至近距離で覗き込んでいた。ほとんどゼロ距離であり、鼻と鼻に至っては触れ合っている。


 リッリヤッタはまだ幼いとはいえども、すっかり美少女である。

 赤い瞳に吸い込まれそうになってしまう。


 ケンタウロスで言うところの十歳とは、人間の容姿では十五くらいに値する。見た目だけで言えば――かなり。

 否、アウトである。

 私は前世では大人だったし、今は追加で十も年を取った。


 いくら肉体年齢が同一でも、精神的な――まあケンタウロス的には合法だが。


「何かな、リッリヤッタ」

「見てた。すごかった」

「なに、私の寝顔ってそんなにすごいの? 写真を撮ってほしかったな」

「しゃん?」

「何でもないよ。でも、寝顔がすごいってなに?」


 ふるふる、とリッリヤッタが首を振った。

 どうやら寝顔のことではないらしい。私は少し悩みながら、


「もしかしてシャオとの戦闘のことかい?」

「うん」

「たしかに。あれは自惚れるレベルで凄かったと思う。お陰で身体はボロボロだけど」

「あまり使わないほうが良い」

「寿命が減るとか?」

「解らない」


 全身の筋肉を超加速させるのだ。

 身体への負担は計り知れない。最初に至っては心臓なども加速させたため、一歩間違えれば即死していてもおかしくなかった。


 そのリスクを負わねば勝てぬと判断した。

 実際、あそこで動かねば殺されていただろう。どうせ死ぬのならば、勝てるかもしれない可能性にベットしたかった。


 後悔はしないし、必要ならば使うことも躊躇しないだろう。

 リッリヤッタも理解している。執拗には言い募らない。


 ともかく、会話は終了した。はずなのだが、リッリヤッタは私に鼻をくっつけた状況から、まったく動こうとしない。

 紅い唇が艶めかしく、動く。


「ノアメロ。《天賦たる稲妻》ノアメロ」

「なに?」

「ぼくと交尾する」

「…………はあ!? 何を言ってるの、キミは!」

「祖霊術――戦の鼓動」

「なんで身体能力を強化しているのかな!」

「大丈夫。お前は何もしなくて良い。ぼくはお前の子を孕みたいだけ」


 抵抗しようとするも、祖霊術で強化されたリッリヤッタの膂力は私を凌駕する。

 その上、私はまだ病み上がりでさえない。

 病み病みなう、なのだ。


(ごめん、リッリヤッタ! たしかにキミは超絶美少女だけど、下半身、馬! 私の好みは申し訳ないが人体っ!)


 馬の肉体の構造上、メスからオスを襲うことは難しい。

 が、それでも完全に力負けしている現状、いずれは――、


「だ、誰かあ! 誰かたすけて! 襲われる! 散らされる!」

「ケンタウロスは強いオスが、好きなだけメスを手に入れる。普通のこと」

「だったら私は異常者で良い! せめて初めてはっ!」


 私の必死の抵抗虚しく、いよいよ――というところでドアが開いた。現れたのは、呆れた表情の……アイザックだった。

 もしや走馬燈。

 亡霊。あるいは守護霊?


 混乱する私を尻目に、アイザックが肩を竦めた。


「まったく獣はこれだから困るのだ。我らの家で盛るな」

「アイザック……死んでまで悪態をついてくるなんて」

「死んでいない」

「いや、でも死んでたよ。心臓を貫かれてたもの」

「我の身体はどうやら心臓の位置が違うらしい」


 ああ。

 聞いたことがある。

 世の中には心臓の位置が通常とは異なる人がいる、と。


(ああ、だから喋れていたのか。奇跡とかじゃなかったんだ……)


 いや、ある意味、心臓の位置が違ったことは奇跡だったのかもしれないが。

 仮に心臓を抜かれてなかったとしても、あの傷では死亡していてもおかしくない。よくもまあ命を拾ったものだ。


 ところで。


「あのさ、アイザック。リッリヤッタを止めてくれない? 私、童貞を卒業してしまいそうなんだけど」

「何故、この女は他者が乱入してきても止めない……」

「解らない」


 リッリヤッタの顔は、力みすぎて紅くなっている。

 小さな声で「もう少し。もう少し。もう少し」と連呼している。


(リッリヤッタのことは嫌いじゃないから、べつに本気で嫌ってほどではないが)


 リッリヤッタは解りづらいが優しい子だ。

 私が本気で嫌がっていたのならば、おそらく、きっと、多分、こんなことはしないだろう。


 結局、私が必死に抵抗しているうちに、アイザックが人を集めてくれた。十数人がかりでリッリヤッタの凶行を制止した。

 怖かった。

 でも、正直なところ、私は仕方がないと思っている。


 あれはケンタウロスの習性のようなものだ。

 幼いリッリヤッタでは抑えることができなかったのかもしれない。そもそも命を賭した戦いは、直後に異様なまでの性欲がやって来るのだ。


 落ち着いたリッリヤッタの白髪――とても良い触り心地だ――を撫でながら、私はアイザックと軽く会話をした。


「エミリーが生き残って良かったよ。彼女の魔法は強力な妨害になったけど、シャオが殺す気になったら即死してだろうし」

「その件についてだが、エミリーは確実に殺されていた。が、そこの巫女が何かをして生き残ったのだ。何をした?」

「祖霊術にそういうのがあるんだ。負傷による死を瀕死に変える術だね。とはいえ、死んで数秒以内に行使しなくてはいけないし、何より、リッリヤッタが戦闘不能になる」


 エミリーが無事なのは助かった。

 話が通じるエルフは、多ければ多いほどに素晴らしい。


 とはいえども、もう私たちがエルフと交流を持つことはないだろう。草原の危機は去った――と思いたい。

 ここまで死力を尽くした挙げ句、脅威は別にいました……では悲しい。


 ここはアイザックたちの自宅らしく、私たちはそろそろお暇することにした。


「すまない、アイザック。私たちはもう帰るよ。ついては槍を二本、矢を二十本くらい提供してくれないか? このままでは帰ろうにも戦えないからね」

「少し待っておけ」


 そう言い、アイザックが別室に向かう。

 数分ほど経過してから、エルフの戦士は現れた。――その手にはギッシリと矢の詰まった筒と《メルガトの避雷槍》があった。

 避雷槍を手渡される。


「……え、なに。くれるの? 持って帰っちゃうよ?」

「貸すのだ」

「!? 持って帰るっていうのは冗談だって」

「貴様はこの槍を使いこなせた。我らエルフでは駄目なのだ。せっかくの魔法武器も使えないのでは宝の持ち腐れというもの」


 アイザックは本気らしい。

 エルフの里に数千年にも渡り伝わってきた、魔法道具。

 それを私に貸し出そう、と言うのだ。はっきり表現してしまえば異常である。ちょっと困るくらいだ。《メルガトの避雷槍》はかなりほしいが、万が一にも紛失してしまったら……

 怖すぎる。


「いやいや、悪いよ。私は普通の槍が良いな。なるべく折れない奴が良い」

「この槍は折れないぞ」

「……意地でも渡してくるね? どういう理由で?」

「無論、対価はいただく。もしも、また世界樹に危機が迫り、その《メルガトの避雷槍》が必要になった時、貴様もともに戦ってもらう」


 槍の力を発揮できないならば、たしかに別人に託すのが最善だ。

 私たちは互いの性質をよく理解している。エミリーやアイザックのことは気に入っている。助けを求められたならば、それを拒むことはないだろう。


「解った。ならば、この槍は貸していただこう。けれども、キミたちの危機をどうやって知るの? 手紙? テレパシー?」

「……良い魔法道具がある」


 アイザックが懐から指輪を取り出した。


「また求婚するの、私に?」

「違うと言っただろうがっ! この指輪はそのような嫌らしいものではない! 《縁繋ぎの指輪》という我らエルフが作成した魔法道具だ」


 その指輪は対の指輪らしい。

 片方を所持していれば、もう片方の指輪の在処が感じられる、という魔法道具だ。


「エミリーが説明したようだが、指輪系の魔法道具は四つまでしか効果を持たん。理由は不明だがな。この指輪は一枠消費してしまうが、別の使いかたもある」

「戦闘にも使える?」

「使えなくはない。この指輪は対象ひとりを指定すれば、その位置を完全に把握できるようになる。距離も関係なしだ」

「おお」


 つまり、狩人には最高の道具、ということになる。

 敵の位置を示し続けるマーカーなのだ。一度でもマーキングしてしまえば、絶対に逃がすことがなくなるらしい。

 使いようによっては、かなりのチート道具だろう。


(魔物の中には土に逃げ隠れして、奇襲を繰り返してくる奴もいる。その位置が解るのは強いな。目眩ましにも強くなるし、姿を消すような敵がいたとしても見つけられる)


 私は頷いた。


「解った。何か用があったら、私のところに来れば良い。強敵との戦いは嫌いじゃないよ」

「ふん、精々、利用させてもらうとしよう」

「ああ、寂しくなったから会いに来た、とかでも構わないよ」

「そのようなことがあり得るわけがなかろう! もう良い! 帰るなら帰れ!」

「あ、ちょっとアイザック。この指輪は返す」


 私は貸してもらっていた、魔法をストックできる指輪を返す。

 槍だけでなく、《縁繋ぎの指輪》は貸与されているのだ。あまりにも一方的に貸してもらい続けるのは申し訳ない。

 そう思ったが。


「貴様は里を救い、世界樹を守護し、エミリーや私の命をも救ったのだ。我らの命は安くない。それくらいは受け取っておくのだな」

「でも、友人の形見なんだろう?」

「ゆえにだ。我もエミリーももっと良い魔法道具を所持している。どうせ彼女の形見を使わせるのならば……我の認めた強者に使わせる」


 認めた、と言われてしまった。

 アイザックは恥ずかしそうにそっぽを向き、今度こそ行ってしまった。


 入れ違いに現れたのはエミリーだ。

 彼女は杖を突いて、満身創痍の様相で現れた。噂によれば首の骨を砕かれたらしい。それでも今、生存しているのはリッリヤッタのお陰だという。


「やあ、エミリー。調子は?」

「首の骨を折られたにしては最高ね。リッリヤッタには感謝しかないわ。本当にありがとう」


 ふるふる、とリッリヤッタが首を左右に振った。

 じつは彼女は人見知りするほうだ。今も私の尻尾を握って、私を盾にするように隣にいる。いや、もしかしたらシンプルに尻尾に触れていたいだけかもしれない。


 エミリーは困ったようにリッリヤッタを見た。


「少し外してもらえる?」

「いや」

「……そのノアメロに大事な話があるの」

「いや」

「ノアメロの命に関わる話よ?」

「なら、ぼくも聞く」

「……聞かせても良い? 貴方にとっては話しづらいことよ。前世について」


 ん、と私は目を見開く。

 反応を見て取り、エミリーは「やっぱり」という顔をした。溜息を零される。


「あの奇妙な兵器――バリスタだったかしら? それにケンタウロスなのに魔法を使い、弓や槍も平気で使って、行動の理由もケンタウロスの常識から外れている。貴方はどうみても転生者にしか見えないわよ」

「……キミも転生者なの?」

「違うわ。知らないのね。転生者は世界に同時に一人しか現れないの」

「そうか。だったら、今、存在している転生者は私だけってことか」


 それは残念だ。

 私よりも後に死んだ者がいるならば、追っていた小説の結末が知りたかった。


「問題はここからよ」

 エミリーは真剣な眼差しで続けた。

「転生者は貴重よ。知識も実力も特筆すべきところがあるわ。つまり、自分たちの種族以外に転生者が現れたら、代替わりをさせるために命を狙われるのよ」


 なるほど。

 これからは気をつけていこう。

 かといって激しく自重する予定はない。便利なモノは使っていく。


 私はエミリーに会釈した。


「情報をありがとうエミリー。助かったよ」

「これからも貴方たちとは仲良くやっていきたいものね」

「まあ、いざという時は、私の情報は売って構わない。自分でどうとでも出来るように、その頃には強くなっておこう」

「貴方って本当に変ね。元の世界ではみんなそうなの」

「そうかもね」


 今回の戦いでは得られるモノが多かった。

 実りある冒険であった。

 自由を得るためには力がいる。武器や知識のみならず、人脈というのも力のひとつと言えるだろう。


(この調子で別の種族とも仲良くやっていきたいところだよね)


 改めてそう思った。

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