第15話 稲妻

▽第十五話 稲妻

 エルフは世界樹の守護を担う種族だ。

 だが、彼らは一度、その世界樹を失っている。


 簡単な対立構造だった。

 世界樹の枝や葉、樹液は稀少な素材になっていた。

 エルフたちは数千年も守護し続けてきた世界樹を、いつの間にか商品に変えていた。何度も伐採を繰り返し、欲しがる人間たちに高値で売りつけた。


 一部のエルフがそのありかたを否定し、エルフたちは世界樹を巡って戦争を繰り広げた。


 多くのエルフが死に。

 戦争に紛れて人間たちが世界樹を伐採していった。


 戦いは百数年も続き、最後には世界樹の枯死という形で決着した。


 多くのエルフたちが絶望に打ちひしがれたが、もっとも絶望したのは――とある避雷針だっただろう。


 メルガトというエルフの里に設置された、一本の避雷針。

 世界樹に雷が落ちないよう、世界樹の枝の一本を柄に使い、先端に雷を吸収する鉱物をくっつけただけの避雷針だ。


 その避雷針は愚直に、数千年、世界樹を守るために雷を受け続けた。

 いつしか鉱物は雷に研がれ、刃のような形状に変化していた。

 いつしか避雷針は、世界樹を守護するための《槍》に変貌していた。


 それが《メルガトの避雷槍》の正体。

 数千年に渡り世界樹をエルフたちと守り、そしてエルフに絶望した槍だ。


 今。

 その《メルガトの避雷槍》は、エルフ以外の手に渡った。

 エルフに失望した《メルガトの避雷槍》はこの瞬間、新たな世界樹の守護者の手の中にあり、ゆえにその真価を――発揮する。


       ▽

 槍に直撃した稲妻は、まったく私に痛痒を与えない。

 握る手にビリビリした感覚が伝わるが、それは違和感ではなく、戦意を鼓舞する歓声のようにさえ感じられた。


 バチバチ、と帯電する槍を構える。


 シャオの視線は油断なく、私だけに注がれている。


 シャオの攻撃を辛うじて防げるアイザックは、死亡。

 回復とパワースマッシャーであるリッリヤッタは、戦闘不能。

 エミリーは、息をしているだけで動けない。


 シャオが警戒するべき対象は、刹那の間といえども、彼を圧倒できた私だけだ。しかも槍は謎に帯電しており、警戒するな、というほうが困難だろう。


 それで良い。

 やっぱり戦いは一対一のほうが燃えるのだ。


「《風すら見通す瞳を。濁る風。吹き荒ぶ静寂――我は見逃さぬ》――《風見の瞳》」


 準備は完了。

 私はシャオ目掛け、躊躇のない突撃を敢行した。


 バチバチ、と稲妻を引き連れながらの、突貫。

 

 シャオは身を低く取り、どっしりと構えている。真っ向から受け止めるつもりだろう。この戦闘が始まってから、シャオが構えを取るのを初めて見た。


 激突。


 ケンタウロスの加速力に膂力、《風神憑依》による速度の暴威。 

 ケンタウロスゆえの高所からの位置エネルギーさえも利用し、《メルガトの避雷槍》の強烈なしなりによる破壊力も加算。

 更に、纏った稲妻も合わせての、超破壊力。


 全部、叩き込む。

 対するシャオは真剣な表情で、右の抜き手を放った。


 槍と抜き手がぶつかり合い、爆音を奏でる。


 私とシャオの周辺にあった空気が、すべて爆発四散した。足元は一気に崩壊、私たちは同時にバックステップで距離を取り合う。


 二人が嗤う。

 しかし、シャオは不意に己が右腕を見つめ、その表情を混沌に染めた。


「か、回復が……遅い?」

「? どういうことかな」

「う、うるさいねえ!」


 次に飛び込んできたのは、シャオだった。

 彼は必死を顔に湛えながら、両方の手を後ろに引く。抜き手が来る。


 私は身を捩って、腰の筋肉を利用して、薙ぎ払いを放った。

 またもや拮抗する、直前。


「《爆雷》!」


 槍先に凝縮させた、稲妻のエネルギーを解放。

 雷のエネルギーすべてを爆発させた。

 シャオの顔が驚愕に歪む。抜き手に用いた両の手が呆気なく、雷によって消滅させられたからだろう。


 イメージしたのは、炸裂弾。

 吹き飛ぶシャオの肉片。唖然とした表情。


 私は追撃を止めない。

 シャオは再生が遅い腕を諦め、咄嗟に蹴りを放ってくる。一撃で肉体に風穴が開けられるような蹴りに対し、私は冷静に前足を持ち上げた。


 シャオの軸足を踏みつぶす。

 それによって姿勢が崩れ、シャオの蹴りは宙を蹴る。衝撃で頬が切られるが、それは致命打たり得ない。


 振り上げた槍で、シャオの身体に――、


「《爆雷》」


 電撃の爆弾を撃ち込んだ。


       ▽

 シャオは混乱していた。


(どうして! どうしてエルフの武器に神の力が宿っているんだよ! いや違うねえ! これは雷に神の力が宿っているんだねえ!)


 稲妻は神の兵器、だと言われている。

 つまり、雷には神聖の力が宿っているのだ。今まで吸血鬼として生きてきた数百年の中も、シャオが初めて知る弱点だった。


 まずい。

 瞬時の判断。

 全身を蝙蝠に変貌させて、雷の爆撃を回避した。


 蝙蝠の半分が、たったの一撃で蒸発してしまう。徐々にだが回復が追いつき、シャオはどうにか空中で完全な再生を遂げた。


「む、無理だねえ! 今回は逃げさせてもらうねえ!」


 攻撃が通じる。

 そのような相手と戦う準備はしてきていない。死ぬ覚悟なんて持ち合わせていない。自身はいずれ大陸を屈服させる覇王となるのだ。

 

 ここでの一敗くらい、あとでいつでも取り返せる。

 蝙蝠の翼を背に作り、空を飛んで逃げだそうとした。ケンタウロスは地を駆ける魔物である。空にいれば手出しは――、


「何を、何を構えているんだよねえ!?」


 恐怖に塗り潰された声が、自身の口から出たことにも気づけない。

 地上では、ケンタウロスが槍の切っ先を、こちらに向けている。槍に雷が集まっていることが嫌な予感を増幅させる。


 不安は的中した。


「《弾雷》」


 槍から雷が迸る。

 回避できない。

 背中の翼を雷にぶち破られた。墜落する。


 空に浮かぶ満月に向け、吸血鬼――シャオは手を伸ばす。


「嫌だ、嫌だねえ!」

「逃がさない」

「う、あああああああああああ!」

「戦え、シャオ! 逃げ腰だと死ぬだけだ。もっとだ、もっと、私に狩らせろ!」

「何なのだねえ、お前はああああああああああ!」


 地面に背中が打ち付けられる。痛みはない、が、直後にはケンタウロスの槍が腹を貫いていた。大地に縫い付けられる。


 ケンタウロスが獰猛に牙を剥く。


「命を、寄越せええええええええええええええ!」


 雷が全身を駆け巡った。


       ▽

 私は黒焦げになったシャオから、数歩の距離を取った。

 あの無限に等しい再生能力が尽きたとは想定しない。私が離れたのは、接近の距離では拳のほうが有利だからに他ならない。


 実際、シャオは立ち上がった。

 身体の半分は炭化しているものの、まだまだ戦えそうではある。ふらつきながらも、その瞳の焦点は私だけに向かっている。


「た、たすけてほしいんだねえ……」

「駄目だ」

「余はかつて王国の第三王子であったんだよねえ。側近に引き立ててやるねえ。生きたままだ! この大陸は余に統べられるべきなんだよねえ!」

「駄目だ。要らない」

「……リンメイっ! 話が違うねえ! 余なら世界を取れるって言ったねえ! 馬鹿な兄貴たちも全部殺したのにねえ! なんで!」


 シャオは譫言のように、何かを叫んでいる。

 もしやシャオは戦意を失ってしまったのだろうか?


 だとしても仕方がない。

 彼は自身の肉体を過信していた。その信仰が崩れ去り、稲妻が有効な弱点であると露呈した今、これはもう戦いになっている。


 シャオは殺戮することはあっても、戦うことは少なかったのだろう。

 もう終わらせるべきだ。

 私が槍を持って一歩を進めば、シャオは怯みながらも睨んできた。


「こ、殺すんだねえ! 余は人間を超越した存在!」


 二本の抜き手が連打された。


 夥しい数の攻撃、攻撃、攻撃、攻撃攻撃。


 私は《風神憑依》と強化した動体視力で、そのすべてを身を揺らして回避した。


「っ、まだまだ、だねえ!」


 左右からの挟撃。右肩を《メルガトの避雷槍》で両断、直後に来た左の抜き手には石突きをぶち当て、その軌道を逸らしてやる。


 私の身体の真横に、凶悪な威力の抜き手が通り過ぎる。


 その様が妙にゆっくり、見えた。


 槍を回し、シャオの太ももから肩に掛けて、下から掬い上げる形で切り裂く。無論、稲妻も添えての攻撃だ。


 シャオの肉体が吹き飛ぶ。

 ぴくり、と吸血鬼は回復しなくなった右腕を押さえ、小さく泣いていた。


「終わりだ、シャオ」私は告げる。

「死にたくない。死にたくない」

「キミが強かったお陰で、私は強くなることができた。感謝している」

「そ、それなら」


 シャオが縋るような目を向け、私を見つめてくる。

 首を左右に振った。


「経験値をありがとう。――おいちい、経験だったよ」

「や、やだ。やだねえ!」


 絶望した顔の吸血鬼に、私はトドメを刺した。

 草原の月夜。心地良い風に乗せられて、吸血鬼の遺灰が流れていく。月に昇っていく白灰は、夜空を彩る星々の、ひとつのようにも見えた。


「私の勝ちだ」


 槍を大地に突き刺し、痛む全身を自覚する。今度こそ意識を保っていられず、私はその場にドサリと倒れ伏した。

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