第13話 開戦

▽第十三話 開戦

「さあ、雌雄は決した! とっとと帰れ、よそ者よ!」


 意気揚々と主張する族長に対し、周囲のかエルフたちの反応は悪い。

 が、私が踵を返した直後、エルフの一人が恐る恐る呟く。


「あ、あの族長様。……彼には居てもらったほうが」

「何を言う」

「アイザックとあそこまで対等に戦える者は、この里にはもう居ません! ケンタウロスの彼さえいれば、もっと防衛が上手く行く……気がします」


 他のエルフたちも口々に、私を残したほうが良いと主張を始めた。

 族長は威厳のある顔を真っ赤に染め、ひとしきりぶち切れた後、急に倒れた。どうやら血圧が上がってしまったらしい。


 私は共に戦うことになった。

 エミリーが気安い調子で話し掛けてきた。


「ノアメロ、よくアイザック相手に善戦したわね。しかも貴方は魔法道具は初見だったでしょ? それに対応しながらだもの。さすがだわ」

「あれはなんなの? 魔法には詠唱が必要だと聞いていたけど」

「あの指輪には魔法をストックしておけるのよ」

「へえ」


 便利だ。是非にほしい。

 私のそういう欲望を察知したのではあるまいが、アイザックが指輪を私に押し付けてきた。


「え、何、アイザック。私と結婚したいの?」

「! ど、どういう意味だ! ただ魔法道具を渡しただけだろうが!」

「いや、ケンタウロスには好きな相手にアクセサリを贈る文化があるんだ」

「断じて違う。もう良い!」


 アイザックは肩を怒らせて、のしのしと何処かへ行ってしまった。

 私はもらった魔法道具を指に嵌め、軽く手を振ってみる。フィット感は良い感じだ。戦いの邪魔にもなりそうにない。


「へえ、けっこう認められたのね、あんた」

「? どういうこと?」

「それは今回の戦いで死んだ、アイザックの友人の形見よ」

「それを貸してもらえるのか。ありがたいな」

「もらえると思うわ。アイザックなりの誠意だもの」


 重い。

 が、もらえるのならば、素直にもらっておこうと思う。


 エミリーから使い方をレクチャーしてもらった。

 といっても、この指輪をつけた状態で魔法を唱えるだけでストックされるらしい。

 発動の時は、指輪に魔力を流すだけで良い。即座に発動する。

 指輪にストックできる魔法は、指輪によって異なる。


「今のあんたには不必要な情報だけど、指輪は四本までしか効果を発揮しないわ」


 思い出せばアイザックも指輪を四本しか装着していない。


 エミリーから詳しく話を聞く。

 アイザックの指輪は、それぞれ。


 右人差し指が、初級魔法を七つまでストックできる。

 右の小指が、中級魔法を二つ。


 左の親指が、上級魔法を一つ。

 左の薬指が、中級魔法を三つだという。


 私がもらったのは初級魔法を五つストック可能な指輪だった。

 とりあえず《風乗りの軍靴》をストックしておくことにした。ストック可能な魔法の種類はひとつだけらしい。


「かなり良いモノをもらったんだ。私も働こうかな。ちょっと手伝ってくれないか?」

「何をするつもり?」

「私の秘密兵器をお見せするんだ」


 言ってから、私はニヤリと悪い顔をした。と思う。なりが子どもなので、悪戯な笑みくらいにしか見えないだろう。

 不思議とエミリーは頬を染めていた。


       ▽

 私が設置したのはバリスタである。

 持参した兵器が日の目を見るようで結構。決して軽くはなかったので、その苦労が徒労と終わらずに良かった。


 他にも、土の支配魔法使いを引き連れて、里の周辺に塹壕を作った。

 元から堀は作ってあったが、数が少ないように思われた。何よりも効率的には見えなかった。ちょっとした溝である。


 あれではグールの物量は防げまい。

 死体が積み重なり、すぐに道ができてしまうからだ。


 また簡易的な砦も作らせた。これで森に近づかせず、高所から矢や魔法の雨を降らすことが可能となる。防衛ラインが増えることは良いことだ。

 いざという時は、支配魔法を使って砦を倒す。

 かなりの数のグールを押し潰し、なおかつ壁になってくれることだろう。


 土の支配魔法使いたちは疲労から、その多くが戦線離脱してしまった。仕方がない。そもそも土の支配魔法使いは、戦闘よりも、戦闘準備に力を注ぐべきなのだ。

 まあ、今のうちに気絶しておけば、砦を崩す段階のころには回復しているだろう。


 世界樹、万歳!


 私は治療を続けていたリッリヤッタを連れ、少し眠ることにした。

 私たちは昨夜と同様、開戦と共に敵を引きつける必要がある。体力は少しでも多く確保しておきたいところだ。


       ▽

 夜の到来と同時、遠望から足音が迫ってくる。

 グールの襲来である。ただし、昨夜とは異なり、その数は目に見えるほどに少なかった。昨夜は見渡す限り一面のグール畑であった。


 しかし、今日は不作である。

 もしや昨日の勝利で、敵は手駒に致命的な打撃を受けたのかもしれなかった。


「じゃあ、そろそろ、作戦を始めていこうか。アイザック」

「ふん、我を駒のように使うな、よそ者が!」


 文句を垂れながらも、アイザックは職務に忠実だった。

 私の提案に理があると思えば、大人しく従ってくれることもある。これはエルフの族長や我がケンタウロスの群れにはない柔軟性で、とても好感が持てる。


 アイザックが火の魔法――蒼いビームを出す魔法だ――を上空に放つ。

 それは合図だった。


 現在、草原に出てメタルライノやその他の魔物を引き連れていたエルフたちが、慌てたように里に帰還してくる。

 グールにモンスター・トレインを行うのだ。


 グールに知性はなく、周囲の肉を持つ生命に群がっていく。

 魔物が襲われているうちに、我々はグールの数を減らしていくのだ。トレイン部隊が帰還する頃には、グールと魔物の戦争が開始されていた。


「弓を放つのだ!」


 復帰した族長――エルフの族長は最高齢の者がやるらしい。有能でないのはそのためだ――が叫ぶよりも早く、エルフたちは弓の雨を降らせていた。


 私も楽しませてもらう。

 義兄の形見たる弓は、やはり私の手に良く馴染む。弦は魔物の髭を用いており、これがとても威力を担保してくれた。


 塹壕部隊も良くやっている。

 魔物が全滅する頃には、グールの数も激減していた。


「これは勝てるぞっ! 未だエルフは無傷だ!」と嬉しそうに族長が叫ぶ。

 良かったね。


 さて、あるていどグールが接近してきたため、私は全身に魔力を込める。

 バリスタを起動するのだ。

 このバリスタは出来が悪く、おそらくこの里に居る者では、私かリッリヤッタくらいしか使うことができない。


 リッリヤッタが弓を使いたがらないため、実質、これは私の専用武器だ。


「行くぞ、死体ども」


 私は力尽くでバリスタを引く。もちろん、補助用のギミックも搭載しているが、あくまでも補助くらいの意味しか持たない。

 ギリギリ、と壮絶な音を立て、バリスタが起動準備を終えた。


「撃つぞ!」


 放つ。

 空一面を小矢が覆い隠す。

 エルフたちが息を呑む。直後には夥しい量の炸裂音が響き、大地とグールとを剣山に変えてしまった。

 その威力たるや矢があまり効かぬグールが、木っ端微塵になるほどだ。


 たった一射撃で、前方の敵が壊滅させた。


「な、なんという威力なのだ!」


 族長は良いリアクションを取ってくれる。

 ちょっと好きになってきたな、こいつ。


「よし、この戦、勝つことができるぞ! 今こそ反撃の時! エルフたちよ、我らは決して死体どもになど負けぬ! 世界樹を今度こそ、守護するのだ!」


 私が次弾を装填している最中、族長は興奮も最高潮に喚き散らす。

 その直後。

 族長が死んだ。


「は?」


 と唖然と呟いたのは、グールの群れに魔法を撃ち込んでいたアイザックだった。


 それは唐突の死だった。

 突如、空から無数の蝙蝠が接近してきたのには気づいていた。が、問題ではないだろうと無視を決め込んでいた。


 それが悪手だった。


 蝙蝠は族長の頭上で一塊となり、瞬時に一人の男を出現させた。

 黒衣の男性だ。

 目の縁を隈で覆い、長い黒の前髪が目を隠している。どこか退廃とした雰囲気を持つ男は、空から現れ、落下すると同時、族長の頭を軽く撫でた。


 それだけだ。

 それだけで族長の頭部は弾け、その脳髄をぶちまけた。首から上を失った族長は、こてん、といっそ間抜けなくらい、呆気なく倒れた。


「吸血鬼よ!」


 エミリーが最初に反応し、水牢の魔法を杖から放った。

 あの杖は、魔法道具と同様の効果を持つ。指輪がひとつに付き一種類だけなのに対し、あの杖は五種類、それぞれ十回ずつの魔法をストックできるようだ。


 水の牢は、吸血鬼を包み込んだが――、


「効かないねえ。残念だねえ。せっかく族長の犠牲を瞬時に切り替えて、冷静に攻撃したけど意味ないねえ」


 耳障りで気色の悪い、ねっとりとした声だ。

 吸血鬼が腕を一振りした。

 それだけの動作で水牢が消失した。豪腕、異様な怪力が水を吹き消したのだ。


 吸血鬼の男性が、仰々しく、私たちに一礼した。


「余の名はシャオ。三等吸血鬼のシャオだねえ。いずれは一等吸血鬼さえも打倒し、この大陸の覇者となる男だねえ。見知りおきなよねえ」


 吸血鬼――シャオはそう言い、凄惨に微笑んだ。開け放たれた赤の口内からは、鋭すぎる牙が覗いている。

 族長の血と肉、脳髄の付着した指を舌で舐め取り、シャオが嬉しそうに身を捩る。


「おいちい、ねえ」


 今日、グールの数が少なかった理由が判明した。

 吸血鬼――このシャオが一人現れるだけで、昨日の襲撃よりも戦力が多いことは明らかだった。


 私の手が異様なまでに震える。

 今までに見たことがないほどの震えだ。シャオの実力が私の、私たちの遙か上にあることが、たったそれだけで理解できてしまう。


「面白いじゃないか」


 私とリッリヤッタは、おそらく同時に笑みを浮かべた。

 強い敵と戦える。

 これほどの楽しみなんて、このスマートフォンも漫画もラノベもない世界では、中々に到来してくれないのだ。


「私と遊ぼう、吸血鬼!」


 私は槍を振り上げた。

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