第12話 エルフ最強の戦士・アイザック
▽第十二話 エルフ最強の戦士・アイザック
里の人々は、私やリッリヤッタに向けて、よく解らない視線を投げかけてきた。
好奇や嫌悪はまだ解る。
が、どうにも恐怖や期待、の視線も見受けられる。それらの感情が一人一人、同時に同居しているのだから、さらによく解らない。
困惑する私に、リッリヤッタが耳打ちしてきた。
「みんなお前の戦いを向こうで見ていた」
「……ああ、なるほどね。私のほうは必死すぎて、向こうの活躍は観察できなかったよ」
私がグールたちを殲滅する様子を目撃していたらしい。
返り血で真っ赤になり、スタミナ切れでフラフラになりながらも、常に敵を真正面からぶち破り続けたのだ。
私が見ていたとしても怖かったと思う。
エルフの里は戦時であった。
地面には大きく負傷したエルフたちが寝かされている。重傷者も多く、寝ているように見えて死んでいる者も少なくなかった。
子どもたちに笑顔はなく、みなが泣きそうな顔で走り回っている。手当のための物品を運搬しているのだろう。
女子ども、老人までもが駆けずり回っている。
森の外では矢を回収するべく、負傷兵たちが這いずり回っている。
(さすがに今夜は持ちこたえられそうにないかな)
絶望。
一言で言えばエルフの里は壊滅している。
ツリーハウスやログハウスが無数に建ち並ぶ里は、平時に来ればさぞ興奮したことだろう。まあ、私は身体の構造上、ログハウスには登れないのだけれど。
「リッリヤッタ。すまないが余力があるようなら、怪我人を治療してくれないか? 今夜も戦うなら、戦力は一人でも多いほうが良い」
「うん」
「疲れたら休んでくれ。キミは私のもっとも信頼する戦力だからね」
「うん」
嬉しそうに頷く。
我が幼馴染みは無表情を決め込んでいるが、私レベルの付き合いになれば一喜一憂が見て取れるのだ。
リッリヤッタが怪我人たちを癒やしていく。
四肢の欠損は回復できないが、それでもかなりの者が命を救われるだろう。エルフたちは神でも見たかのように、リッリヤッタに頭を下げている。
私はエミリーの紹介で族長との謁見を許されたらしい。
族長は世界樹にもっとも近い大樹で、ツリーハウスを作って住んでいる。が、私たちがケンタウロスということも手伝い、外で会うことになった。
(世界樹に近づかせたくない、というのもあるのだろうけど)
さて、出会った族長は、中々に威厳のある老爺であった。
白銀の髪に髭を讃え、エルフの特徴である長い耳は立派なものだ。どうみても老人なのだが、その立ち姿は若々しく、容姿の凜々しさも手伝って神秘的だ。
族長――バラゴンが荘厳に言う。
「よそ者よ、控えよ。我は世界樹を守護せしエルフの族長――バラゴン・ライアであるぞ」
どうやら私に跪いてほしいらしい。
べつに跪いたって良い。
せっかく協力した上、べつに身分に差はない――私にとってエルフの族長とか、どうでもいいわけだ。だってケンタウロスだし。ケンタウロスの村長だってどうでも良いくらい――というのに高圧的なのは嫌だ。
けれども、大事なのは話を進めることである。
私が仕方がなく、その場に跪こうとしたところ、エミリーが肩を怒らせて叫んだ。
「族長! 今はエルフの、世界樹の一大事なの! メンツなんて気にしている場合じゃないわ! 優先するべきは貴方よりも、エルフの誇りよりも世界樹なの!」
「何を言うエミリー。よそ者の協力など要らぬ。世界樹は我らを守護している」
「本気で言ってる!? ねえ、みんな! こいつに従いたい?」
そう言ってエミリーは、ことの成り行きを遠巻きで眺めていたエルフたちに問う。
彼らは揃ってばつが悪そうに俯いた。
エミリーは細い腰に手を当て、ウンザリしたように溜息を吐く。
「この人――ケンタウロスの《天賦たる稲妻》ノアメロは、べつにあたしたちに協力しなくたって良いはずなのよ? それなのにこの人は命懸けで助けてくれた。里を救ってくれたわ!」
一部のエルフたちが《稲妻》の名を耳にして、驚いている。
一応、ケンタウロスに於ける《稲妻》の名は、場合によっては祖霊の次くらいに尊重される名前のようだ。
最高の戦士の名であり、族長を受け継ぐ名である。
つまり、エルフの族長たるバラゴンと私は、余所から見れば立場は一緒だ。私は村長になりたくないので、立場が一緒にされては困るのだけど。
とはいえ、私が現状、エルフとの外交に於ける代表なのに変わらない。
ケンタウロスの群れが舐められることは困る? かも? しれない。
「ふんっ、まあ良い。よそ者、貴様の用はなんだ? 褒美がほしいか? たかだが一夜、軽く働いただけのようだが図々しいな」
「そんなことよりも、私は吸血鬼を殺しておきたい。私たちの群れも襲われるかもしれないのでね。今、ここで吸血鬼を打ち破れるなら、それが一番だ」
「つまり、ケンタウロスの消耗なく、エルフの犠牲だけで吸血鬼を屠れると喜んでいるわけか。外道であるな」
「そのとおりだよ。よく解っているね、バラゴン」
貴様、とバラゴンが叫ぶ。
当たり前だろう。私がエルフを無償の愛情で助ける義理はない。
エミリーは良い奴であるが、かといって恩人というわけではない。魔法を教えてもらったのも、彼女の命を救った恩返しという形だ。
「余は此奴を気に入らぬ! 出て行け、よそ者!」
「族長! また我らの判断ミスで世界樹を失うつもりなの!」
「うるさいっ! このような無礼者は要らぬ! そもそも実力も知れておる。礼節なき者に真なる力は宿らぬ!」
「意味の解らない理屈を並べないで!」
「そもそも、次の戦ではアイザックに《メルガトの避雷槍》を使わせる! これで我らの勝ちは決まったようなもの。よそ者の力などは不要だ」
メルガトの避雷槍を使わせる、と聞いたエルフたちは一斉に歓喜した。
よく解らないが、とても凄い何からしい。
まあ勝つならば良い。
私だって無駄に怪我をしたくないし。
そもそも寝たいのだ。夜通し戦い続けて、私は疲労困憊も極まっている。体調が万全ならばともかく、このような時に老人の戯言に付き合ってられない。
「解ったよ、エルフ諸君。私とリッリヤッタは帰る」
「……ま、待て。あのケンタウロスの女は残せ」
私の言葉に周囲のエルフたちは露骨に反感を持った。
それも当然の話だ。
リッリヤッタはたくさんの怪我人を祖霊術で救っている。今、彼女の存在が失われてしまえば、この里の死傷者は……見るも無惨な結末を迎えるだろう。
「知らないな。リッリヤッタは私の仲間だ。私が帰るならば、一緒に帰るのが当然だろう? そもそもリッリヤッタに治療を命じたのは私だ。帰還指示を出すのも私というだけの話さ」
「……ぐ、弱みにつけ込みおって」
「もう良いです、族長」
唸り始めた族長に、いつの間にか起きていたらしいアイザックが声を掛けた。
彼が所持しているのは、かなりみすぼらしい杖だった。細くて今にも折れそうな柄の先端に、黄色い石がくっつけられている。
見ようによっては槍にも見える。
もしやあれが《メルガトの避雷槍》だろうか。
「族長。我とこの者を戦わせてください。さすればよそ者も、己が大言を後悔することでしょう」
「うむ、うむ、そうであるな」
「良いか、よそ者!」
アイザックがこちらを睨んでくる。
その片手には《メルガトの避雷槍》がある。あの槍を向けられる、と思えば、不思議と手が震えるのを感じる。
私の長年の狩人としての経験は、手の震えという形で敵の脅威を本能的に察する。
あの槍については、ラタトッパ五百人分くらいの脅威を感じる。つまり、あのみすぼらしいルックスとは相反して、武器としての能力は一級品なはずだ。
槍に目を奪われる私を置き去り、アイザックが宣戦布告してきた。
「この我――エルフ族最強の戦士。アイザック・ブロウが相手だ。我の本職は槍使い。草原で見せた剣は飾りと心得よ。そして里の者にも告げる!」
アイザックの優れた見目も伴い、里の求心力は上々らしい。
皆が真剣な眼差しで彼の一挙手一投足を見守っている。
「この者と我が戦い、この者が使えるかどうかを判断せよ。不要な場合、ただちに追い出す。無論、巫女は治療係りとして置いていってもらう」
「良いだろう」
正直なところ、受ける意味の薄い戦いだ。
が、私は同じ槍使いの戦いを観てみたい。ケンタウロスに槍使いはおらず、なおかつ草原で相対するのは魔物や獣ばかりだ。
草原で見たところ、アイザックの剣の腕は良かった。
が、彼の本質は槍であるという。かなり期待できるだろう。
(おそらく、あの槍を使うために練習してきたのだろうね。楽しみだ)
私とアイザックが戦うことに決まった。
▽
試合前、アイザックが寄って来て耳元で囁いてくる。
「殺しはしない。貴様は全力で来るが良い。くれぐれも《メルガトの避雷槍》――この杖のような槍だ――を侮るな」
そう言い、彼は手近になった岩を、槍であっさり両断してみせた。
見事な切れ味だ。アイザックの技量もあるだろうが、このように綺麗な切断面は、武器が良質でなければ成し得ない。
私とアイザックが十分な距離を取る。
困ったようにエミリーが頭を抱えている。が、直後には決心したように上を向き、我々に口を開いた。
「それでは――始めっ!」
決闘の合図。
アイザックは慣れた調子で、私に向けて掌を向けてきた。
(ん? 待った、をかけてきたのか?)
動揺する私に飛来したのは、炎の弾丸だった。
銃弾もかくや、という勢いで火が迫ってくる。私は焦燥に駆られて、右方向にスライディングをした。
地面で身体を削られる。
炎が着弾。地面に小規模なクレーターが生じた。
(無詠唱、という奴かな! だとしたら厄――)
――私は思考を打ち切り、咄嗟に槍を薙いだ。
魔法を回避するため、姿勢を崩した私に向け、アイザックが槍を振り下ろしてきたのだ。
距離の詰め方に慣れを感じる。
アイザック・ブロウは魔法戦士なのだ。
「っ、速い!」
「貴様が遅いのだ、ノアメロっ!」
私は後ろ足と前足を用い、槍で攻撃を受けながら、強引に立ち上がった。
凄まじい手数の刺突が来る。
そのすべてを槍の柄で受け止め、いなす。
私たちは笑い合う。
猛烈な攻防の連打が繰り広げられ、見えぬ速度で槍がぶつかり合った。
一撃一撃の威力は乏しい。が、その速さがあまりにも脅威だった。
威力がないといっても、急所にもらえば即死させられる一撃だ。
五発。
ほとんど同時に突きがやって来る。
三発、いなしきれずに傷をもらう。
「ははは、そのていどかケンタウロスの戦士よ!」
「さて、ね!」
言い、私は素早くアイザックに距離を詰めた。
私はあえて五発の突きのうち、三発を身体にもらったのだ。当たっても死なぬ場所に突きを誘導し、そこに攻撃を命中させた。
まだ槍は私の左腹を貫いている状況だ。
つまり、今ならばノーリスクで接近できる。
アイザックの表情が驚愕に染まった。
構わず槍を薙ぎ払う。
(アイザックは突きが主体の槍使い。私は突きは牽制、トドメに強い威力を出したい時にしか使わない)
私の槍術は力に任せた、剛の槍。
対するアイザックはしなやかさと技術を伴った、速度の槍だ。
突きと薙ぎならば、突きのほうがリーチが長い。
しかし、間合いを詰めることができれば、あとはこちらのモノだ。
「くっ、なんだこの重たさは!」
叫びながら、アイザックが凄まじい勢いで後方に吹き飛ぶ。
あの《メルガトの避雷槍》を叩き折るつもりで打撃した。はずなのに槍は強くしなり、我が膂力のほとんどを逃がしてしまった。
あれで折れないなら、私では折ることは出来そうにない。
「それでも勝つのは、私だ」
吹き飛んでいる最中のアイザックに向け、私は突撃していった。
ケンタウロスの速度であれば、追撃だって容易いのだ。私は槍を大きく振り上げ、渾身の叩きつけを行おうとした。
が、アイザックの指輪が光ったのを見て、反射的に姿勢を低くした。
予感は的中した。
炎の双龍が頭上を通り抜けていく。
「魔法には詠唱が必須じゃなかったのか?」
「仕掛けがあるのだ!」
大方、あの指輪であろう。
つまり、あの指輪が光った途端、無詠唱で魔法が飛んでくるのだ。
「まだ弾はあるぞっ」アイザックが吠える
完全に受け身を取ったアイザックが、両の手を合わせた。
再度、炎で作られた龍が、私をめがけて宙を泳ぐ。かなりの速度であるけれども、ケンタウロスである私には敵わない。
走る。
追いかけてくる炎の龍。
私は革鞄から小石を取り、アイザックに投擲した。
が、アイザックは槍で軽く打ち払い、またもや炎の弾丸を放ってくる。私の逃げ道を潰すような炎弾である。
私は槍を炎に投げた。
アイザックの《メルガトの避雷槍》と打ち合い、すでに穂先は欠けている。あまつさえ鉄の柄には亀裂が走っている。
もうこの槍は十分に仕事を果たした。
だから投げ、前方の炎を強引に掻き消す。
駆け抜ける!
私は懐から義兄の剣鉈を抜き、一息にアイザックに接近する。
この剣鉈は義兄から譲ってもらって以来、ずっと私を支え続けてくれた。サブウェポンとして優秀であり、これの存在が勝負を決めることも珍しくなかった。
今だって、そう。
「精々、味わえ! 良い切れ味だぞ、アイザック!」
「我を侮るな、《天賦たる稲妻》!」
叫び返しながらも、アイザックは冷静だった。
そもそも私を近づけさせないつもりらしい。一方的に魔法で倒してしまえるならば、それがもっとも強いのだから。
魔法戦士の強みは、そのリーチの自在さにある。
接近も遠距離も可能なので、相手が苦手な距離を保ってやるだけで完勝できてしまうのだ。その代わり、遠近両方を極めねば、その実力は中途半端なモノに落ち込む。
けれど、アイザックは強い。
エルフは長寿と相場が決まっているが、どうやら彼も結構なお歳だと考察できる。
(あいにく、老人を労る心は薄くってね!)
指輪が光る。
出現するのは、まだ見たことのない、蒼い炎。それがビームのような形で、私をめがけて照射された。
かなりの速度だ。
左右に躱す選択肢はない。
それでは突撃の加速が台無しになり、結局、敵の思惑通りに接近できない。
受けるのも論外。
威力が不明な技を受け、一撃で死んでは面白くない。
「さあ、詰みだ、ノアメロ!」
「本当に上手く戦う」
が、私はまだ詰んでいなかった。
迫る蒼炎のビーム。
私は四つ足に力を込め、前方をめがけて跳躍した。
ビームが足先を舐め、その部分を抉ったが関係ない。すでに接近は終わった。
ケンタウロスが全力で以て、前方めがけて跳躍したのだ。その速度と上方向という思わぬ死角から、如何にアイザックといえど接近を許してしまった。
剣鉈は届く。
アイザックは冷静に突きの姿勢に入っている。空中で隙を晒している私に、トドメの一撃をくれてやろう、という魂胆だろう。
私は左手を前に出す。拳には石が握られている。
「っ!」
アイザックは理解したはずだ。
私もアイザックも一流の戦士。アイザックの槍は神速といえども、どうにか私は捉えることができる。
つまり、私は石を握った左手を盾にしているのだ。
アイザックの槍は確実に私を打つ。が、それを私は左の拳でどうにか受け止め、槍先が石を貫く一瞬の間に、左の手で槍の軌道を逸らすつもりなのだ。
可能かどうかは、知らない。
「終わり、だあああああああああああ!」
そして決闘は終結した。
▽
「そこまでっ!」
荒々しい決闘に、見惚れていたエミリーが告げた。
彼女は手を振り上げ、勝者に向けて掌を差し出す。
「勝者、アイザック・ブロウ!」
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
自身らの戦士の勝利に、エルフたちが一斉に湧いた。もしかしたら森自身が揺れているのか、と紛うほどの歓声は、聞いていて楽しい。
私は負けていた。
喉元に槍先が突きつけられている。
対して、私の剣鉈は空を切り、アイザックに傷をつけられていない。
肩で息をするアイザックが、忌々しそうに呟いた。
「これが勝利、だと? 相打ちではないか」
「いや、完全にキミの勝利だろう? 私の剣鉈は届いていない」
「貴様、我の槍が届く直前、剣鉈を投げようとしただろう。槍を突き出していた我は動けなかった。我の槍が喉を貫くと同時、貴様の剣鉈も我の顔面を砕いていたはずだ」
私たちは決闘で解り合っている。
他の誰も理解できなかっただろうが、たしかに、この勝負は引き分けと言って良い。
そもそも私は本気を出せなかった。
力で押すタイプの私は、敵を殺さないように戦うことができない。だから、手加減するためにはかなり力を殺す必要があり、必然、どうしても攻め手が弱くなる。
本気を出した一撃は、《メルガトの避雷槍》を叩き折ろうとした、あの一瞬だけだ。
武器ならば折っても構わない、という予定で勝つつもりだったが、あまりもの耐久度に目論見が崩されてしまった。
「それにしても良い判断だったな、アイザック」
決着の直前。
アイザックは迎撃が困難だと見なした。
槍を突き込めば、私の左手に逸らされてしまう。そして剣鉈の直撃を受けてしまう。
そのリスクを嫌い、アイザックは冷静に――一歩、下がった。
(この判断が難しい。一秒にも満たない時間で、計画を放棄。冷静に距離を取る判断ができるやつは、中々にいないだろ)
おそらく、私であれば攻撃を受けながら、強引に突破することを選んだ。
槍を突き出しながら、片手を離し、拳で敵をぶん殴って勝利を目指した。が、アイザックの戦い方は堅実であり、最善手だった。
満足した。
本当の槍術というのは素晴らしいモノだ。
今回の戦いでいくつもテクニックを観察することができた。私の槍術も中々に見られるようになるのではないだろうか。
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