第11話 包囲殲滅戦

▽第十一話 包囲殲滅戦

 私は驚いた。

 エルフの里は、紛う事なき森林だったからだ。ただの森ではなく、アマゾンや樹海のようなレベルの大森林である。


 道中、エミリーに聞いたことだが、草原には高い木は生えないそうだ。

 この草原大陸に生える高い木は、そのすべてが魔力を持っている。正確には植物ではなく、魔法生物なのだという。


 このエルフの里――森もまた魔法生物の巣、ということだ。


 そのエルフの里には絶賛、多種多様なグールどもが押し寄せている。その数は計り知れない。押し寄せる雰囲気と量からして、私は現代日本でのコミックマーケットを想起していた。


 あの行事はオタクたちの生き生きとした態度から活気があったが、この襲撃はグールたちの死に死にとした態度から悪夢のようだ。

 地獄のパレードである。


「どうする?」と私がエミリーに問う。

 エミリーは苦しそうに頭を振った。


 エルフの里は数日間に渡り、この攻撃をどうにか防いできた。魔法生物たる森の協力も借り、エルフたちは魔法や弓を使い、どうにかグールの接近を最小限に抑えている。

 が、突破されるのも時間の問題のように見える。


「グールは日光で弱体化するわ。けれども、動くこと自体は可能なの。里は数日、本当にずっと戦いっぱなしなのよ。そろそろ限界が来るのかもしれないわ」

「そのとおりだ。エルフの弓術はこのような程度ではないのだぞ、ノアメロ」


 アイザックは言い訳するように、同族の射撃を見て発言した。

 たしかに情けない弓術である。勢いは乏しい。が、狙いは全員が全員、正確無比であり、決して馬鹿にしたモノではない。


 少なくとも、槍使いである私よりは、良い弓の腕をしている。


 私はリッリヤッタを一瞥してから、エミリーに向き直った。


「なんでも協力するよ。私もリッリヤッタも覚悟はある」

「……解ったわ。現在、里は全方位をグールに包囲されているの。だから、あたしたちが外側から囮になって攻撃を惹き付けるわ」


 グールはもっとも近い命に集る。

 私は北側、リッリヤッタは西側、そしてエミリーとアイザックが南側を担当する。


 ケンタウロスである私たちは機動力がある。

 あくまでも囮が目的だ。戦う必要はなく、惹き付けて逃げるだけで良かった。


 一方、機動力に劣るエルフ兄妹は二人一組だ。

 正直、かなり厳しいと思われるが、本人たちはやる気らしい。自分たちの里の一大事なので、それは当たり前なのかもしれないが。


 東は捨てる。

 エルフの里は東側の守りが強いらしい。私たちでいうところの守護獣が存在するらしく、東側はどうにかなるかもしれない、とのことだ。


 早速、我々の戦いが始まった。

 まず、私は五本ていどの弓でグールたちの足を射た。

 接近したことにより、グールたちは私のほうに向かって歩き出す。所持している矢の数は、残りが七本――まったく足りない。


「足を射ても意味ないな。当然のように歩いてくる。ちょっと動きが鈍ったていどかな?」


 エルフたちからは惹き付けるだけで良い、と言われている。

 軽く百体は、私を狙っているだろう。後ろを向いて走るだけで逃げられる。


「だが、たった百体を惹き付けても焼け石に水か。良いだろう……少々、死体の臭いで気が落ちるが、それでも楽しいじゃないか!」


 テンションが上がってくる。

 私は牙を剥き出しに、月夜に吠えた。


「腸、見せろ!」


 槍に持ち替え、私は前進した。

 死体の群れに突撃する。奴らの動きはひとつひとつが妙に愚鈍だ。けれども、グールの身体能力は強固であり、下手に触れられれば簡単に肉を抉られる。

 ノーダメージは必須。


 ゆえに、私は風の強化魔法『風見の瞳』を起動した。

 巨人のグールが腕を振り下ろす。止まって見える。私はミリ単位で回避、槍を振るって腕を叩きおとす。姿勢を崩したところ、巨人の足を太ももから切断した。

 ずしん、と巨人が転倒する音がした。

 

 転倒に巻き込まれて、数体のグールが挽肉になる。

 右から腕が伸びてくる。魔力で強化した腕力で引き千切る。右手ひとつで持った槍で、右の敵の頭部を突く。

 勢い余って五体ほど、同時に串刺しにする。


 左手のグールの腕を投擲。

 肉が弾ける。血が飛沫く。内臓が零れ落ちる。


 返り血、結構。

 私は全身を血塗れにしながら、周囲を完全に包囲されたまま、槍を動かし続けた。敵を薙ぎ払う。


       ▽

 エミリーは絶句していた。

 遠くのほうでノアメロが無双しているのが見えるからだ。


 強い、とは解っていた。

 ケンタウロスが《稲妻》の二つ名を与えるほどの男なのだ。弱いわけがない。何よりも、多くの種族が思っていたことだが、ケンタウロスは槍を使うべきなのだ。


 槍を持ったケンタウロスは、人馬一体の最強の槍兵となり得るのだから。


 ノアメロが槍を振るう度、死体が吹き飛ぶ。

 魔力で強化した一撃が、グールの集団を雑兵のように薙ぎ払う。彼が戦っている一画だけ、敵に空白地帯が生まれるほどだ。

 

 臓物で髪をグチャグチャにしながら、幼い少年が怪物のように笑みを湛える。

 あんなにも愛らしい少年が、獰猛な獣の姿を見せる。恐ろしい、と思う反面、不思議なほどに惹き付けられてしまう。


「エミリー! 戦いに集中しろ!」

「う、うん、アイザック」


 エミリーは杖にストックしていた魔法――水の支配魔法『水牢の龍』を放った。

 水で作られた龍がグールの集団を飲み込んで、その体内に強制的に格納した。生物であれば致命的な一撃であるが、呼吸を必要としないグールには足止めにしかならない。


 支配魔法は、属性を操ることに特化したタイプだ。

 壁を作り防御したり、罠を作成したり、そういった裏方的な魔法である。これが中々に侮りがたく、集団戦をするならば一人は支配系魔法使いが欲しいと言われる。


 水牢の水流を操作。

 十数体の敵を一纏めにした。


「集めたわ!」

「解った、焼き尽くす! 『我が双手に宿りし魔を喰らい、出よ、龍よ! 《双龍の宴》』!」


 アイザックが両手に炎を灯したかと思えば、即座に手を叩き合わせる。

 詠唱が終了したと同時、炎の龍が二体、エミリーが集めたグールのもとに炸裂した。直前に水の牢獄を消し、代わりに龍が打撃した。


 グールたちの肉がグツグツと煮え、やがて融解していく。


「はあ、はあ……キリがない。魔力の残量も無限ではないのだぞ!」

「近づいて戦うわけにはいかないでしょ」

「減らしている気がしない。引くぞ!」


 十数体を倒した。が、敵の数は余裕で上回っている。

 エミリーたちが攻撃している際にも、敵は猛烈に押し寄せてくる。迷うことなく、二人は後方へ下がった。


「足止めするわ。『水よ濁りて悪路となれ。足を絡めて歩を奪え。《地喰らい大沼》』!」


 草原が一変し、大沼に変化する。

 知能の乏しいグールは沼地に足を取られ、多くが沼に転んでいる。そのままジタバタしているうち、後ろから来たグールも足を取られて転倒する。

 魔力を一気に失ったため、激しい頭痛に苛まれる。エミリーはそれでも走った。


       ▽

 忌々しい。

 一体一体は雑魚に過ぎないし、『風見の瞳』と魔力で身体能力を強化した私ならば、まったく問題にはならないらしい。


 さりとて際限がない。

 魔力も無限ではないし、むしろ底を突くのもすぐそこだ。


「下がるしかないか」


 肩で息をしながら、私は槍で周囲を薙ぐ。

 十数体の足を太ももから切断する。足元に飛びついてきたゴブリン――ゴブリンは小さいため、敵の足を狙った攻撃は、その頭上を素通りしてくるのだ――を足で踏みつぶす。


 かなり手加減していたにも関わらず、槍がすでに折れそうである。


「『風魔よ来たれ。我が身に宿りて真価を成せ《風乗りの靴》』!」


 今までは集団強化系の《風乗りの軍靴》を使っていた。が、これでは限界が訪れると思い、単独魔法で上書きすることにした。


 速度が二倍になる。

 腕の振りが信じられない速度に至り、軽く槍を振るっただけで衝撃を伴う。


 試したところ、私自身の魔法が打ち消されても、他の人物に掛けた強化は消えない。

 リッリヤッタやエミリー、アイザックには《風乗りの軍靴》を掛けてある。


「さて、もうひとっ走り、行ってみようか!」


 地を踏む。

 爆速で大地を通り抜けていく。

 槍を左右に振るう。槍が振るわれる度に頭部を吹き飛ばす感触がある。巨人の足を千切りながら、ゴブリンの身体を踏みつぶしながら、ケンタウロスの人体部と馬部を分けながら、私は数メートルを全力疾走した。


「楽しいなあ、おい!」


 限界だ。

 私はクルリと一回転。反転する。

 槍で周囲を牽制しながら、再度、敵を薙ぎ払って戻ってく。

 今の攻防だけで数百体は討伐しただろう。敵が技術と知能のないグールであったからこその活躍である。


 元いた位置に帰還した。

 魔力が底をつきかけている。が、まだまだ朝は遠く、このままでは消耗戦だ。


(まあ、魔力が尽きても逃げることは簡単だけど)


 里を見渡す。

 森の木々を足場にして、エルフの集団は弓や魔法を射ている。グールの数は着実に減っているが、やはりもう少しで押し切られてしまいそうにも見えた。


「もう終わりかもしれないな。こんなことならバリスタよりも爆弾でも作ってくるべきだった。作り方が解らないけど」


 私の知識不足が、せっかくの現代知識無双の下地を台無しにしている。

 もっと賢い奴を転生させるべきだ。


 折れてしまった槍を投擲し、巨人のグールの足を吹き消す。敵が持っていた棍棒を拾ってきたので、代わりにそれを手にした。


       ▽

 驚嘆した。

 戦闘が続行されること数時間、エルフの里は朝を迎えることに成功した。


 あんなにもギリギリの死闘だったというのに、耐えきったのだ。

 私たちが後ろから半分、敵を受け持ったことが功を奏した。我々がいなければ、グールの大群はエルフの里に雪崩れ込んでいたはずだ。


「はあはあ……ヤバいな。記憶がないんだけど。私はどうやって戦ってた……?」

「あっ、ノアメロっ! やったわ! あたしたち凌いだのよ! あんたたちのお陰……って、あんたすごい怪我してるじゃないっ!」

「うん、死にかけ。ちょっと頑張りすぎたよ。勤勉なのって美徳じゃないな」

「何言ってるの! 早く里に来てっ! 薬草があるから……! 水の強化魔法使いがまだ生き残っていると思うから、すぐに治療をしてもらって……えっと」


 完全にパニックになっているエミリーに対し、アイザックは痛ましげな表情を浮かべてから、里のほうに走り出した。

 すでに私の《風乗りの軍靴》は時間切れのようだが、それでも足は速い。


 私は力なく、草原に寝そべった。

 手にしていた巨人の足――これを武器にしていたらしい――を手放す。


「回復にきた」


 そこにリッリヤッタがやって来て、私に祖霊術を掛けてくれる。

 祖霊の神秘が傷を癒やしてくれる。腹をドワーフの腕で掻っ捌かれていたため、回復はとてもありがたかった。

 内臓が家出しようとしていたから、怖かった。


 私はリッリヤッタに軽く手を振った。

 彼女は返り血で真っ赤だが、自身は傷ひとつ負っていないようだ。遠くで見た限り、彼女は堅実に戦闘していた。


 惹き付け、確実に一体一体を仕留める戦術だ。

 私のように集団に突っ込んで大暴れしたわけではないようだ。


 リッリヤッタは誇らしげに腰に手を当てた。


「さすがはお前。神の暴威、その片鱗を見た。祖霊の化身の名は伊達ではない」

「伊達も何も、そんな名前はもらってないが」

「ぼくがあげる」

「要らない」

「要る」

「要らない」

「要る」

「要らない」


 リッリヤッタの元気が羨ましい。

 気分はたまの休日に、幼い娘に付き合って遊んだ父である。子どもって無限に元気で驚く時がある。

 よく公園では、疲れ果てた父に遊びを催促する子どもの姿を見つける。


 驚くべきことに、今回の戦争で最初にバテきったのは私だった。

 リッリヤッタはセーブして戦い、なおかつ祖霊術でスタミナを適宜回復していたらしい。


 一方、エルフたちは世界樹の付近で戦闘することにより、大幅に強化されていたという。能力もそうだが、もっとも大きいのは回復能力の上昇だった。

 少し休むだけで失われた魔力も、体力も、すぐに全快したそうな。


(まあ、それくらいのチートがなかったら、一晩ももたないか)


 朝が来てグールたちが弱体化した途端、エルフの前衛部隊が出撃した。

 犠牲者を多く出していたが、どうにか多くのグールを撃退に成功していた。吸血鬼が命令を発したのだろう、半分ほどに減ったグール部隊は撤退していった。


 無論、私は追撃戦に参加した。というか、私とリッリヤッタ以外は追撃戦を行わなかったくらいだ。こんなチャンスは滅多に訪れないというのに、なんともったいない。

 楽しかった。


       ▽

 水の強化魔法使いを引き連れて、アイザックが私の前に現れた。彼は傷の塞がった私を見て、静かに舌打ちを零してから、水の強化魔法使いを里に帰した。

 アイザックが濡れた布を手渡してくる。

 これで返り血を拭え、ということだろう。ありがたく受け取った。


「ふん、中々にやるじゃないか、よそ者」

「こっちの台詞だよ、エルフ者。あとさ、エルフが世界樹で強化されてるって、最初に教えといてもらえないかな? 危ないと判断して、無理矢理に数を減らしに走っちゃったんだが」

「知るか。貴様の判断だろう。我々は事前に無理をする必要はない、と忠告しておいた」

「ありがたい忠告だったね。説明不足だった点を除けば、だけど」


 アイザックはムッとした顔をした。

 男がそのような顔をしても可愛くない。格好いいけど。本当にエルフ族ってズルいと思われる。全員がデフォルトで美男美女である。


「貴様は口を開けば皮肉だな」

「キミは口を開く度に悪態だ。ウンザリするね」


 私と口論を繰り広げるアイザックの頭部に、エミリーの杖が叩き付けられた。彼は瞳に星を飛ばし、そうして気絶してしまった。目を半目にして、口からは泡を吹いている。

 イケメン……それでもキミは格好良い。ズルい。

 どうやらアイザックはいっぱいいっぱい、だったらしい。

 今まではプライドだけで意識を保っていたようだ。


「こんな兄は放っておいて、あたしたちは里に行きましょう」

「入れるのか? キミはともかく、私たちが入れるようには思えないけど」

「貴方たちを迎え入れなければ、あたしたちは滅亡するんでしょ。どうにかするわよ。そうしなければ世界樹が守れないもの」


 エルフにとっての世界樹とは、ケンタウロスにとっての祖霊のようだ。

 相当に大切にしていると窺える。


 私はリッリヤッタを後ろに連れ、気絶したアイザックを小脇に抱えた。間抜けなアホ面を晒している彼が羨ましい。

 眠りたい気持ちを押し殺し、どうにか歩く。

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