第10話 吸血鬼災害

▽第十話 吸血鬼災害

 アイザックは勝手についてきている。距離は取ってくれているものの、さきほどの攻撃魔法を見る限り、射程範囲からは出られていないだろう。

 エミリー曰く「いざという時はあたしが盾になるわ。アイザックもあたしを殺したショックで動けなくなるでしょうから、その隙に殺してくれれば良いわ」とのこと。


 このエルフ美少女、覚悟が決まりすぎている。

 しかも真実を口にしている。嘘には見えない。これがもしも、私をだまし討ちで奇襲するための演技ならば、私が殺されるのはしょうがないと思う。


 エミリーに合わせて歩いても、リッリヤッタの元には十分ほどで到着した。

 徒歩十分の距離に声が届いたのだ。

 おそらく、あのやり取りは近くにいる同族が、救出に向かってくれることにかけて、魔力を込めて発声したのだろう。魔法かもしれない。


 少なくとも、私はあんなに大きな声は出ない。


 そもそも、どうして私たちは会話が成立しているのだろう?


 エルフはケンタウロス語を使うのだろうか?


 昔に遭遇した冒険者たちは、ケンタウロスの言語に関する知識を持っていた。あらゆることを想定して覚えてきた、と言っていた。すごいと思った。


「それは何」


 到着するなり、我が幼馴染み――リッリヤッタはエミリーを睨む。

 凄まじい敵対心である。

 先のアイザックの言動に鑑みれば、よもやエルフとケンタウロスは種族的に犬猿の仲なのかもしれない。

 きび団子で和解する必要がある。


「このエルフはエミリーだ。悲鳴をあげていたひとりだ」

「助けられた?」

「ああ、もう一人も見えているだろう。あっちの男だ」


 私はアイザックのほうを指さした。

 が、リッリヤッタは視線を送ることもせず、ジッとエミリーを睨み付けている。この子がここまで表情を出すのは珍しい。

 私はこほん、と咳払いをした。


「リッリヤッタ。キミの予言の対象は、もしかしたらエルフかもしれない」

「理由」

「二人はエルフのゾンビに襲われていた。エルフがゾンビ災害に遭っているみたい」


 伝染系アンデッドの恐ろしいところは、敵が増えていくことにある。こちらの味方が一人減る度、敵には一人増えていくのだから。

 しかもアンデッドに体力の底はない。

 あのようなモノに襲われ続ければ、そのうち消耗戦で喰らい尽くされる。


 突然、エミリーが大地に膝を突き、リッリヤッタを敬うように頭を下げた。


「貴女様はケンタウロス族の巫女ですね。アバウトではありますが、エルフ族にも話は伝わっております。どうかお力をお貸しください」

「……うん。頭を上げて良い」

「ありがとうございます」


 エミリーが素直だったので、リッリヤッタも毒気を抜かれたのだろう。あっさりと睨むのを中断し、早速、予知について話し始めた。


 と言っても、この草原から種族がひとつ消える、というだけの話だ。


 聞き終えたエルフ・エミリーは困ったように頬を掻く。

 豊かな黄金の頭髪は、草原のそよ風で揺れている。やはりエルフは美しい。が、その美しさには陰りが見られた。


「ふわっとした予知ですね。しかし、現にエルフが非常事態なのは確かなのです。場合によっては滅亡を危惧せねばならないような」

「何があった?」と尋ねるのは私だ。


 エミリーは包み隠さずに話してくれる。


「あれはゾンビではないの。正確にはグールといって、吸血鬼のなり損ないなのよ」

「ああ、だから頭を貫いても死ななかったのか」

「ゾンビの弱点は頭部。でも、吸血鬼やグールの弱点は日の光。あとは神聖な力や銀くらいかしら? 心臓を杭で抜くのも有用、と聞いているわ」

「つまり、そのような厄介な吸血鬼が、エルフにご執心というわけかな」


 事情は理解した。

 吸血鬼は何らかの理由で以て、エルフを支配下に置きたいようだ。


「あたしたちの里は、すでに四日間、吸血鬼のグール部隊に襲われているの」

「キミたちは防衛戦に参加しないのかい?」

「我々は――」


 と距離を取っていたアイザックが近づいてくる。

 さすがに駄々をこねて「キミとは話したくないもん!」とは言わない。協力してくれるのならば話を聞くに吝かでない。


「我々は奇襲部隊だ。吸血鬼麾下のグールどもは四方から襲ってくる。根である吸血鬼を仕留めねばならぬが、エルフ族には吸血鬼を打ち破る術がひとつしかない」


 すなわち、日の光に当てること。

 しかし、肝心の吸血鬼部隊は夜にしか襲ってこないらしい。


「ゆえに、我らは吸血鬼のアジトを見つけるべく、全方向にそれぞれ二十名ずつエルフの精鋭を送り込んだ」

「キミたちは吸血鬼に遭遇したのか?」

「いや。遭遇したのは違うグループだ。二日間、吸血鬼を探った。南西のほうに行った部隊が帰ってこなかった。だから、我らは百四十人をまとめ、南西を攻め入ったのだ」


 ぶるり、とアイザックが震える身体を抱き締めた。

 かなり気難しいエルフの彼が、純粋に恐怖を示すほどの出来事があったらしい。


「我らは吸血鬼と戦うことさえできなかった。奴が従えているのは夥しい量のグール」

「数は?」

「解らない。何よりも恐ろしいのは、奴の麾下には巨人、人間、ドワーフ、エルフ、ゴブリン、ケンタウロス……あらゆる種類の種族が存在していることだった」


 ゾンビやグールは人間がベースになっていることが多い。

 知性のない人間はあまり強くない。が、元々身体能力に優れた巨人やケンタウロスのアンデッドは、かなりの脅威となるだろう。


 敵の規模にもよるが、狙われたのならば逃げるしかない。


「エルフたちは逃げないのか? 正直、勝ち目は薄いように見えるが」

「逃げられるか! 我らには世界樹の保護という崇高なる使命があるのだ!」

「ああ、なるほど。私たちのような遊牧民スタイルではいけないわけか」


 私は十年も草原で暮らしているが、エルフが居住しているというのは初めて知った。

 ケンタウロスは外のことに詳しくないのだ。

 よく狩りに出ている私ですら、この草原の一割も認識できていないだろう。


「解った。この問題は草原すべてを危機に晒す問題だ。私も協力しよう」


 私の言葉を聞き、エミリーがぱあっと表情を明るくした。

 私の手を取り、何度もぶんぶんと上下に振る。エルフは肉体的な接触を忌避する、というのが創作のお約束だが、この世界のエルフは違うらしい。


 ただ、アイザックとリッリヤッタは不機嫌そうな目を向けてくる。

 解っている。

 草原の危機に対し、あまりにも気楽に見えるのだろう。けれども、これから共に戦うのであれば、友好的な態度を取っておくべきだろう。

 私は愛想笑いを浮かべた。

 

 美少女と握手が嬉しい、とは思っている。


       ▽

 ひとしきり握手を終え、エミリーは本格的に協力について話し始めた。


「で、貴方の名前を尋ねても良いのかしら?」

「ああ、失礼。まだ名乗っていなかったか? 私は《天賦たる稲妻》ノアメロ。こちらの可愛いケンタウロスが《告げる巫女》リッリヤッタだ」

「い、稲妻!? たしか、稲妻ってケンタウロスの中では、かなりの意味を持つ名前よね?」

「そうらしい」

「こんな可愛い子どもが……」


 エミリーは感心したように頷いた。


「今回の予知、ケンタウロスは深刻に見てくれている、というわけね?」

「いや違う。深刻視しているのは、私とリッリヤッタのみだ。あと群れに元から居た巫女くらいで、他のケンタウロスたちは無関心と言って良い」

「でも、巫女と稲妻を寄越してきたのよね?」


 私は背負った弓と槍を見せながら、エミリーに苦笑を送った。


「私はこういうモノを使う。ケンタウロス的に見れば異端だ。はっきり言って疎まれているし、群れから寄越された戦力は、私とリッリヤッタの二人だけだ」

「そんな戦力、ないに等しいではないか……」


 落胆したようにアイザックが肩を落とす。

 私たちでは不服らしい。まあ、ほとんど種族間戦争じみた戦いに、今更、二名の追加なんて不必要なのだろう。

 

 しかも私たちはケンタウロス。

 戦いの足並みも揃わないはずだ。ガッカリされるのも理解できてしまう。


「二人でも戦力は増えたほうが勝ち目が出るだろう。とりあえず、今夜の里の防衛戦には、是非とも私たちを使ってくれ」

「……ついてこい」


 ぶっきらぼうに言い、アイザックが歩き始めた。

 だが、私たちは野営の準備をしているため、それらを片付ける必要があった。アイザックの後についていくことはせず、まずは片付けを開始した。

 アイザックが怒鳴り、それをエミリーが杖で打撃した。


       ▽

 アイザックに先導される中、私はエミリーとの会話に興じていた。

 エルフは魔法に長じるらしく、絶賛、魔力を持て余し気味な私には有用な話が多い。これでまた強くなれるかもしれない。


「さっきの投げ槍は、その体内の魔力を利用して放ったのね。凄い威力だったわ」

「通常のケンタウロスにはできないらしいね。祖霊の掟のひとつに《ケンタウロスたる者、魔に頼るべからず》ってのがあるんだよ」

「そもそもケンタウロスは祖霊術を使うんでしょ? それなら魔力は使えないわ」

「どういうことだ?」

「神の力と魔の力は同居しないの。ケンタウロスが祖霊? という神の力を使う種族ならば、魔法は使えないのも当然よ」


 なるほど。

 だからリッリヤッタは魔法が使えないのか。

 私はてっきり祖霊の掟を守っているだけだとばかり思っていた。いや、リッリヤッタのことだ。本当に祖霊の掟を守り、魔法の練習をしていなかったかもしれない。


 リッリヤッタの顔を盗み見る。

 表情は変わらない。解らない。


「私は魔力が使える。が、魔法は仕組みが解らなくて使えない。良かったら教えてくれるか?」

「そうねえ……」

「今日の活躍次第では考えてくれないか?」

「違うの。教えるのは構わないわ。協力してくれるだけで十分だし、あたしは命を救われた恩もあるもの」


 問題は、エミリーが教える自信がないことに起因するようだ。

 彼女いわく、「魔法には才能が大きく関係するの。まずは属性……魔法には火・水・風・土の四属性が存在しているわ」とのこと。


 私は自身の手を見つめながら、ぼそりと言う。


「私の属性が解らないから教えようがない、と?」

「いえ、貴方の属性は解るの。貴方の魔力の色は――風属性よ。けれども、風属性……しかも強化タイプは外れの魔法タイプなのよね」

「強化タイプ、とは?」

「得意な魔法のジャンルよ。魔法には大きくわけて『攻撃』『強化』『支配』『奇跡』の四つの分類が存在するわ」


 攻撃は、シンプルに攻撃魔法のことらしい。自身の属性に応じた攻撃を放てる。


 強化は、文字通り強化する魔法だ。たとえば火の強化なら攻撃威力の上昇、水ならば回復や状態異常に対する免疫の付与、といった感じだ。


 支配や奇跡は、ちょっと説明が難しいらしい。


 私はどうやら風属性の強化タイプのようで、その組み合わせは最弱という。


「まあ、元よりなかった力だよ。最弱でも手札が増えるのは嬉しい。教えてくれないか?」

「解ったわ。といっても、貴方はすでに魔力の運用は可能のようだわ。だから、あとは詠唱と感覚を覚えればできると思う」


 風の強化魔法はたくさんあるらしいが、中でも簡単で有用な魔法を四つ、教えてもらった。

 エミリーのいうように魔力の運用はできている。

 詠唱を暗記することは大変だった。

 苦戦の末、どうにか魔法を発動することに成功した。思ったよりも早い習得だった。もしかして魔法って簡単なのかもしれない。

 エミリーは驚いていた。


「うん、良い感じだ」


 我々の里に向かう速度は、かなり速くなっていた。

 というのも、私が風の強化魔法「風乗りの軍靴」を発動したからだ。この魔法は「風乗りの靴」の範囲バージョンとなっている。


 自身が指定した対象の速度を上げる魔法だ。

 およそ速さが六割上昇するようだ。かなり便利な魔法と言えるだろう。


(自分単体魔法の『風乗りの靴』は十割上昇……基本は『風乗りの靴』のほうが強いかな)


 ケンタウロスの速度がさらに加算されるのだ。

 エミリーは外れだと言ったが、私的には大当たりである。多くのゲームに於いて速度は正義だ。種族値ひとつの差が勝敗を決定づけることだって珍しくない。


(他の魔法も試してみようか)


 私は自身の身体に『矢避けの風鎧』を纏わせた。

 この魔法の効果は単純だ。風の鎧を身体に纏わせる。これによって矢を逸らすことが可能、という代物らしい。


 魔力を込めれば込めるほど、風の威力は強化されていく。

 量によっては、打撃の衝撃を大幅に減らすことも可能だろう。


(最後の四つ目は、動体視力強化、か。これも良いね)


 風の強化魔法『風見の瞳』は、動体視力に大幅な強化を与える。今まで私が全力疾走をした場合、回りの風景は流れるように消えていった。

 が、この魔法を使えば、疾走中でも草木で休む虫の蠢きがすべて見える。足の一本一本、羽根の開閉のすべてが止まって見える。キモい。

 あと魔力の消費量が多い。

 多用はできそうにない。


(エルフを助ける判断をして良かった。思わぬ拾いものだよ)


 これ以外にも風の強化魔法はたくさんあるそうだ。

 エミリーは水の支配タイプらしく、あまり風の強化魔法を知らないらしい。この件が終われば、里の魔法使いを紹介してもらえる。


 攻撃魔法も是非とも習得しておきたい。

 適性はなくても使えるようだ。ただし、威力や効果、燃費は大幅に減少するらしく、適正にない魔法をわざわざ使う者は少数という。


 ともかく、楽しみが増えた。

 私たちは夜――吸血鬼の時間がやって来る前に、エルフの里に辿り着いた。


 里の全方位はグールによって包囲されていた。

 悲鳴が聞こえてくる。慌てて弓に矢をつがえた。

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