一章 二部 世界樹防衛戦

第9話 エルフとの邂逅

▽第九話 エルフとの邂逅

 私の名は正式に《天賦たる稲妻(ノアメロ)》となった。

 そして、肝心の幼馴染みの名前だが、彼女は《告げる巫女(リッリヤッタ》の名をもらっていた。


 巫女から命名された瞬間、彼女は両手を振り上げて喜びを表現していた。

 顔色は変わっていなかった。怖い。


 その日、幼馴染み――リッリヤッタは一日中、私に付きまとった。延々と「ノアメロ」と呼びかけてきて、私は「なに」と何度も応えた。

 ウンザリした。

 が、十歳の子どものやることだ。


 しかも念願の名前をもらったのだ。嬉しくて堪らなかったのだろう。

 私も執拗に「リッリヤッタ」と呼ばされた。結局、翌日までリッリヤッタの攻撃は続けられたが、最後には声が枯れてしまったらしい。


「ノアメロ。ノアメロ。ノアメロ。ノアメロ。ノアメロ。ノアメロ。ノアメロ。ノアメロ。ノアメロ。ノアメロ。ノアメロ」


 と、無表情で連呼される攻撃が終焉して幸いである。

 私は、私を目にしたラタトッパ並みに怯えていた。幼馴染みが健全に、健康に育つことこそが我が願いである。


 まあ、その日の詳細については、私とリッリヤッタのふたりだけの秘密だ。


 さて、我々は草原を歩いていた。

 魔物の革で作った鞄を背負い――ケンタウロスなのでかなりの量を運搬している――、南に向かって歩を進めていた。


 蒼い草原は、雄大だ。

 が、さすがに十年も見続けてきた光景である。今更になって感動することはないし、なんだったら代わり映えのない風景に飽きてきた。


 点々と生い茂る木は、多種多様。

 人間時代に見たような樹木もあれば、腐った腕が絡み合ったようにしか見えない樹もある。ちなみに、その腐り腕の木に生る果実は美味い。

 見た目は完全に、腕に生えた腫瘍である。


「で我が幼馴染みよ、予言の場所には近づいたのかな」

「……」

「…………リッリヤッタ」

「解らない。あと数日、歩くかもしれない」

「そうかい。だったら、今日も野宿になるのかな」


 こくり、とリッリヤッタが頷きを寄越してきた。

 傾いてきた夕焼けを見上げ、私は荷物を地面に置いた。かなり重量があったので、地面がずしりと音を立てる。


 鞄の中身は、簡易バリスタのパーツである。

 バリスタのパーツを背負って運搬するなんて非常識だ、というご指摘もあろう。だが、ケンタウロスの膂力ならば可能なのだ。


 私はラタトッパとの決闘の際、彼の肉体を吹き飛ばすほどの力を発揮した。

 実兄の体重は五百を越える。

 それを吹き飛ばす力が私にはあるのだ。多くのケンタウロスたちは勘違いしているが、我々は馬の上に人体を乗っけただけの生物ではない。


 魔物なのだ。

 普通の人間さんやお馬さんと比べないでいただきたい。


 体内の魔石から魔力を引き出すのにはコツがいる。が、一度でも経験すれば、以降は勝手に体内に魔力が巡るのだ。

 意図的に引き出せば、もっと強い力も出せるだろう。


(それにしてもバリスタが必要な相手、かもしれないか)


 リッリヤッタは、祖霊の言葉で《告げる巫女》を意味する。

 正式に巫女になった彼女は、就任直後に大いなる予言を告げた。それは数日以内に対処せねば、草原からひとつの種族が滅ぶ、という予言である。


 超スケールである。

 前代の巫女は能力が弱かったらしく、リッリヤッタ並みの予言は不可能だったらしい。


「ひとつの種族が草原から消える。リッリヤッタ、どう思う?」

「どうでも良い」

「同感だよ。が、ひとつの種族という言い方が気になる。その種族がケンタウロスではない、という保証はどこにもないからね」

「……もっと強い力があれば」

「気にしなくて良いよ。キミじゃなかったら、そもそも知ることもできなかった」


 リッリヤッタが頷く。彼女の幼い唇が動く。


「キミじゃない。リッリヤッタ」

「はいはい、リッリヤッタ。リッリヤッタ」

「うん。もう五回」


 ハッピーそうで何よりだ。

 草原の一大事、かもしれない。

 バリスタは念の為に作成し、今回の任務に持参した。作ったのは私です。群れの誰もが手伝ってくれなかった。


 狩人の武器――というか兵器である。

 ケンタウロスの戦士が協力してくれないのも当然だ。なんとリッリヤッタでさえも、素材集めくらいしか手伝ってくれなかった。

 あくまでも、私のバリスタはなんちゃってバリスタだ。


 私が全力で魔力を行使して、バリスタ自身の仕掛けも使って引く。

 無数の小さい矢が雨のように注ぐ。私が不得手とする範囲攻撃を行うための装置である。が、設置には一時間くらい必要だ。


 必要じゃないことを祈っておこう。

 リッリヤッタは火を起こす準備をしている。やはり草原の夜は寒い。火があれば料理もできるし、身体を温めることも可能なのだ。


 体調管理の手段として、焚き火は必須だ。

 あと結構、焚き火は楽しい。気の合う仲間と囲む焚き火は、レジャーとしては高い評価を付けざるを得ない。

 マシュマロほしい。


 リッリヤッタも楽しそうだ。今もマシュマロみたいに柔らかな虫を捕まえ、火に炙っている。話を聞く限り、見る限り、マシュマロに近い食べ物らしい。

 でも、私は食べとうない、虫。


 串に刺さり、炙られている虫を差し出される。

 夥しい量の足が蠢いている。ぎしぎし、という音が聞こえてくるようだ。キモ。


「お前も食べれば良い。甘くてふわふわ、美味しい」

「いらない。あとお前じゃなくてノアメロね」

「うん。ノアメロ!」


 ノアメロ、と口にする時、リッリヤッタの表情は明るい。

 それこそマシュマロのような甘さである。私はこの甘さだけを謳歌するとしよう。昆虫食はもっと切羽詰まらねば無理そうだ。


 私はリッリヤッタの鞄から、干し肉を取り出した。

 虫を食するよりは、やはり肉である。バーベキューをするならば、肉を食べねば始まらないだろう。


 馬の部分は草を欲するが、我が少年ボディは肉食だ。

 干し肉はそのままでも良いが、火を通せばもっと美味しい。凝縮された脂の旨味が、火によって起爆されるのだ。


 初めて義兄に食べさせてもらった日に、完全に胃袋を掴まれてしまった。

 焼けて脂が滴る肉。それを指で摘まみ上げ、口の中に放り込む――直前。


「アイザック! あなただけでも逃げてっ! 里に報告を!」

「駄目だ、エミリー。もう逃げられない! 今すぐに自刃するしかない!」


 何やら物騒な声が、無粋にも食事の邪魔をした。

 私は炙り干し肉を口に落とした。すると、凝縮された旨味の爆弾が起動、口内に広がる幸福に目を閉じた。

 立ち上がる。


 鉄の槍を二本、私は手にした。

 まだマシュマロ虫を食べているリッリヤッタに、ジト目を向ける。


「……ぼくは食べてる」

「火の番は任せるよ」


 しょうがない。

 私は悲鳴の聞こえたほうに疾走した。声は 何やら緊急事態の予感だ。


       ▽

 エルフを見たのは初めてだった。

 私が目撃したのは五人のエルフ集団。全員が絵画から飛び出したかのような美形揃い。写真に収めて、SNSに挙げた暁には大バズり確定であろう。


 さて、問題は……誰が敵なんだろう。


 私が見つけたのは五人のエルフだ。

 が、そのエルフたちが内々で争っているようなのだ。


 三人のエルフは徒手空拳。

 対する二人の男女のエルフは、男が剣、女が杖を持っている。女のほうは全身が汗だくで、目は焦点が合っていない。虚ろだ。


「……アンデッド、か?」


 私が呟くと同時、三人組のエルフが低い呻きを上げた。両手を前に出し、牙を剥き出しにして男女に迫る。


 その足取りは重く愚鈍だ。が、疲労困憊しているエルフの男女では、為す術はない。


 私は決断した。


 どちらが悪いかは知らないし、敵の正体も不明だ。

 が、そのようなことは知ったことではない。間違っていたならば、後で反省してから逃げだそう。


 私は、この草原でもっとも自由なのだ。

 細かいことは気にせず、自分の感覚を信じることにしよう。


(私の推測が合っていて、その上で見捨てるほうがマズいしね)


 槍を投擲する。

 体内の魔力を用いての、全力投擲。

 それは流星のような軌道で、三人組のうち二人の脳を串刺しにした。団子二兄弟、一丁あがりである。


 すかさず、私は左の槍を両手で持ち、突撃を敢行した。


 十メートルの距離を二歩で喰らう。

 振り上げた槍を叩き降ろす。槍は鈍器となり、エルフの頭部を破砕、一撃で股下まで切り裂いた。

 抵抗はなかった。

 真っ二つになったエルフは、しかし、まだ手足をバタバタさせている。


 串刺しにされたエルフも、まだ動いている。

 槍をさいど構えながら、私は呟く。


「やはりアンデッドだったか。エルフも初見なのに、エルフのゾンビを見つけるなんてラッキーも極まったね」


 枕に「アン」の二文字が付随するタイプのラッキーである。

 敵がアンデッドだけに。なんてね。

 アンデッドを殺すことはできない。だから、動けなくなるくらいまで、彼らを小さく刻もうとして――、


「ま、待て!」


 男のエルフのほうに剣を向けられた。

 私は首を傾げ、男のエルフに視線を向けた。ひっ、と軽くエルフが怯んだが、まあ、私もいきなり下半身馬がやって来たら驚く。


「アンデッドの対処はしないのですか? あるいは使役していた側とかです?」と問う。


 エルフ男が返す。「いきなり現れてなんだ。何が目的だ、ケンタウロス!」

「いや、ふつうに助けただけですよ。迷惑でしたか? だとしたら、私はもう帰っても良いです」

「……ちっ、礼は言わぬ!」

「礼はけっこうです。事情を聞かせていただけます? どうしてエルフがゾンビに?」


 エルフは不機嫌そうに鼻を鳴らし、女性のほうに手を貸した。

 ガン無視だ。女性のほうは困ったように眉を寄せた。


「あ、あの、アイザック。この人、助けてくれたのよね? それに事情も訊いてくれているようだし、もしかしたら協力してくれるかもしれないわ」

「協力など不要だ。これはエルフの問題なのだ」

「でも! ……そうよね。迷惑を掛けるわけにはいかないもの」


 エルフ女子は悲しそうに俯いてから、私のほうに頭を下げた。


「助けてくださってありがとうございます。わたくしの名はエミリー・ブロウ。こちらの男性はアイザック・ブロウ。わたくしの兄です」

「おい、エミリー。名乗る必要なんてない」

「助けてくださったのよ。相手がケンタウロスであろうとも、相手を尊重するべきだわ」


 エルフ男子――アイザックが悔しげに、私を睨み付けた。

 面倒くさくなってきた。

 私の目的は滅亡する種族を見極めることにある。種族がひとつ滅びるのだ。ケンタウロスの群れにとっても障害になるかもしれない。

 だから、脅威の観察に来た。


 場合によっては助力するつもりでさえある。

 けれども、このアイザックというエルフは、これ以上、助けるつもりにならない。感謝は不要だが、敵視されるのは嫌な気持ちになる。


 私は現場を後にすることにした。最後にぼそり、


「私は予言でとある種族が滅亡すると聞いてここまで来ました。ですが、どうやら貴方たちからは情報が得られないようです。それでは、さようなら」

「ちょ、それはどういうことなの!?」


 私は無視してリッリヤッタの元まで走り出す。

 ケンタウロス、しかも魔力を使える私の脚力には、さすがのエルフも追いつけそうにないようだ。

 だが、背後から。


『我が魔力を代償に来たれ。煉獄より這い出し、我が敵を喰らえ《業火弾》』


 反射的に、私は地面を蹴って跳躍した。

 私が居た位置が、炎の弾丸によって焼き尽くされていた。あまりもの威力に、私は目を見開き、着地と同時に槍を構えた。

 エルフに向き直る。


 アイザックが剣を構えたまま、私に殺意を向けている。


「どういう意味だ、ケンタウロス。話してもらおうか?」

「話を聞く気がなかったのも、話す気がなかったのもお前だ。私はもうお前に興味がない」

「ふざけるな!」

「ふざけているのは、どっちだ?」


 アイザックの足に魔力が流れているのが解る。

 実兄では体験できなかった、魔力を扱える者同士の戦いが始まろうとしている。負けるつもりは皆無であるが、苦戦しそうな予感だ。


 かなり手が震える。実兄の時は「万に一つ殺される感覚」だったが、アイザックとエミリー相手では「五分の確立で殺される」ような気がしている。


 私は魔力は扱えても、魔法は使えないからだ。


 二対一――上等だ。

 私が歯を見せて笑ったのも束の間。

 アイザックの隣、エミリーが杖で兄の頭部を叩き付けていた。かなり勢いが良かったらしく、アイザックはその場で頭を抱えて蹲る。


「何をする、エミリー! この怪しいケンタウロスから情報を聞き出さねばならない。遊んでいる場合ではないぞ」

「アイザック、これ以上、エルフの恥を晒さないで」

「恥だと?」

「命の恩人に無礼な態度を取り、あまつさえ攻撃魔法を放ったのよ? あたしは恥ずかしくて仕方がないわ」

「だが」

「また何かしようとしたら、あたしは責任をとって自害します」


 っ、とアイザックが絶句した。

 エミリーとやらの瞳から察するに、彼女の言葉は本心だろう。怖い。

 けれども、アイザックはともかく、エミリーのほうは話が出来るようだ。彼女とならば楽しくお話しできるかもしれない。


 美少女エルフとの会話に飢えていたところだ。

 しかも二本足である。

 私が下半身馬以外の人類種に出会ったのは、本当に数年ぶりなのだ。ゴブリンやアンデッド、猿が人類種とは思えなかった。


「解った」と私は頷く。「エミリーになら話す。が、アイザックとは話したくない」

「貴様、魔物風情が身の程を――」


 また杖で殴られる。

 妹から睨まれ、兄のほうは口元をもごもごとさせている。せっかくイケメンなのに残念な奴だ、という感覚が強い。


「解りました。アイザックは置いていきます。少し離れても?」

「止すんだ、エミリー。あいつは獣だぞっ!」

「止しても良いけど、そうしたら情報が入らないわよ? 無理矢理に聞き出そうとすれば、あたしはすぐにでも自殺するわ。どうするの?」

「…………」

「お待たせしたわね、行きましょ」


 妹強し。

 兄妹仲が良好のようで何よりだ。

 私も義兄とならば仲良しであったが、実兄とは最悪なので見習いたい。


 エミリーを連れ立ち、私はリッリヤッタのもとに帰還した。

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