第8話 実兄と私の決闘

▽第八話 実兄と私の決闘

 幼馴染みがぶち切れていらっしゃる。

 表情は一切、変容が見られない。けれども、そろそろ十年の付き合いになる彼女のことは、おそらく、彼女の親よりもよく知っている。


 かなりご機嫌斜めである。


 結局、あの後、命名の儀は中断となった。

 実兄がグダグダさせているうち、儀式のために燃やしていた丸太が燃え尽きたのだ。まあ、トドメを刺したのは、幼馴染みが暴れた時の衝撃によるのだが。


 私よりも命名の儀を楽しみにしていた彼女だ。

 それが自分の番で中止にされたのは不愉快なのだろう。


「あ、あのさ。そんなに怒らなくても良いだろ? ちょっと怖いんだが」

「……」


 無言で幼馴染みは、私の手を握っている。

 怒っている時、幼馴染みは少しだけ甘えん坊になる。が、雰囲気はめちゃくちゃ怖いので、私的には猛獣に懐かれたような気分になってしまう。

 こほん、と誤魔化しの咳払い。


「私の命名の儀にも異議が唱えられた。だから、キミがやり直す日、私の分ももう一度、やってもらおうかな。私たち二人のためだけの命名の儀になってしまうが」

「……二人きり」

「まあ、終わったら、是非、私の名前を最初に呼ぶ人になってくれ」

「……うん」


 ぴたり、と雰囲気が変化した。

 嬉しそう。

 これは私的にも吉報である。何やら幼馴染みは、互いの名を初めて言い合う関係に憧れているらしい。


 が、昨日のままでは、同期の男子の誰かが幼馴染みの名を真っ先に呼び、彼女がぶち切れてしまっただろう。

 ケンタウロス的に、とても意味のあることらしいから。


「そろそろ手を離してくれ。私は決闘に出向く必要があるからね」

「これ」


 ぶっきらぼうに言い、幼馴染みが花冠を手渡してくる。

 ケンタウロスの女は、戦や決闘に向かう男に、アクセサリーを渡す文化がある。花冠とはいえども、なるほど文化に沿っているらしい。


 子どもが大人を真似ているようでかわいい。

 私は破顔して受け取り、頭に花冠を乗せてみる。鏡がないので確認のしようがないが、私の体躯はケンタウロスの男子にしては華奢である。

 顔立ちも幼く、髪も短くはないため、少女に見えるかもしれない。


(言うほど自分の顔って気がしないから、なんとも思わないが)


 身体は大きいほうが便利だが、顔立ちはわりとどうでも良い。

 とはいえ、せっかく幼馴染みが作ってくれた花冠だ。似合わないよりも、似合っているほうが良いだろう。


 私は手入れした槍を肩に担ぎ、腰に剣鉈を装着した。


 準備は万端。

 さて――決闘の時間である。


 私たちが遅れて――決闘の時間には間に合っている――やって来てみれば、そこには円形の人の輪が構築されていた。

 ケンタウロスで作られた、肉壁のコロッセオであろう。


「へえ」

「相変わらず姑息」

「賢い、と私は言ってやりたいね」

「ずるがしこい」


 幼馴染みのご指摘は、槍使いとしてはご尤もである。

 あのコロッセオは剣使いの間合いである。

 槍使いが戦うならば、もっと広い空間、そしてスタート時点での離れた立ち位置が必須だ。


(敵の間合いから始まるわけか)


 槍の強みは、敵の間合いの外側から戦えることにある。一方、間合いに入られた途端、槍のメリットは消失し、ただの使いづらい棒と化す。

 間合いにさえ入ってしまえば、剣は槍にまず負けないのだ。


「まあ、普通はそもそも間合いに入れないだろうけど」


 私はニヤリ、と口だけで嗤い、コロッセオに近づいた。

 実兄はしてやったり、という顔で私を見据えている。その顔色はとても明るく、とても昨日、我が幼馴染みに素手で打ちのめされたとは思えない。


 否、その鼻はまだ腫れている。

 巫女様もあのような傷は治療したくなかったのだろう。


「よく逃げずに来たな、愚弟」

「あいにく、あんたよりも誇り高く育てられたみたいだ」

「ふはは、貴様の妄言も、この際に至っては滑稽で笑えてくるわ」

「その割には青筋を浮かべているね。戦士ならば、自らの身体の状態を正確に把握できなくてはいけないよ」

「――決闘に言葉は不要だ!」

「へえ、舌戦でも逃げるだなんて、我が実兄はなんと逃げ上手なのでしょう。今までたくさん練習してきたのです? ああ、誇らしや」


 実兄は見るからにぐぬぬ顔を浮かべている。

 正直、実兄は愚かではあるが、決して馬鹿ではないのだろう。だからこそ、私の言葉にダメージを受けているのだ。


 これが他の戦士であれば、一切、話が通じていないだろう。


 まあ、私に喧嘩を売ったのだ。

 話が通じようが通じまいが、彼が愚者であることに違いはない。

 戦士の名誉とやらは、今日付けで没収してやるつもりである。


 実兄が部下から二本の剣を受け取り、コロッセオの中に入っていく。人並みが綺麗に割れ、華麗な入場ゲートが作られている。

 私も数歩遅れ、そのコロッセオに入っていく。

 道中、同族たちは私の腹や足に蹴りを入れてくる。かなり痛い。


 うわあ、応援してくれているのかな?


 人で作られたコロッセオは、妙に暑い。

 やはりケンタウロスがここまで密集しているからだろう。やいやい、とケンタウロスたちが野次を入れているが、その声、すべてが遠ざかっていく。


 実兄は強者だ。

 よく鍛え抜かれた肉体は、脅威。

 剣術の冴えはこの七年で磨き上げられており、達人といって過言でない領域に到達していることだろう。

 一手、違えるだけで殺されてしまうビジョンが見える。


 汗が流れる。

 手が軽く震える。この震えは私が七年間で磨き上げてきた、強者を見分けるための手法である。身体が、細胞が叫んでいる。


 目の前の敵は――私を殺しうる。

 つまり、


「悪くない獲物だな、お前」

「獲物……だと? この俺が、次期戦士長である、この俺がっ!」

「……一度くらい実兄としての責任を果たせ。可愛い弟と遊んでくれよ」


 巫女様が人混みを掻き分け、現れる。

 騒がしかった観客どもが、声を奪われたかのように静まりかえる。ケンタウロスたちの瞳は一心に実兄に注がれており、群れの誇りの雄志に期待しているようだ。

 誰かがゴクリと息を呑んだ。


 実兄が笑う。

 私はもっと笑った。


 同時!

 巫女が手に握った長杖を振り上げ、振り下ろしながら叫ぶ。


「決闘――始めっ!」


 宣言と同時に動いたのは、ラタトッパだった。

 抜き放たれた二刀。神速の斬撃が左右から挟み込むように迫る。

 逃げ道はない。

 すでに間合いに侵入されている槍では、取り回し辛さが足を引っ張り、防御することも不可能だ。


「――終わりだ!」


 だから、私は逃げも防ぎもしなかった。

 ただケンタウロスの突進力を用い、全力で体当たりに行った。小さな体躯が幸い、私の頭部は実兄の顎に炸裂した。

 戦士の身体が、揺れた。


       ▽

 ラタトッパの脳裏に星が散る。

 顎に強烈な頭突きを受けたため、一瞬、意識が飛んでしまったのだ。

 しかし、歴戦の戦士たる《間断なき刃》は怯むことなく、次の一撃を放つために姿勢を制御していた。


(槍は長柄だ。この間合いでは何もできまい。闘拳術に持ち込まれようが、体格差で俺の勝ちは揺るがん!)


 今はほとんど密着するような距離だ。

 この距離では剣も槍も何もできない。だからこそ、ラタトッパは一歩だけ、下がろうとして猛烈な悪寒に犯された。


「……くっ」


 呻き、感覚で後方へ飛ぶ。

 直後、自身の腹があった位置に、剣鉈が突き出されていた。逃げていなければ、今頃、ラタトッパの内臓は掻っ捌かれていたことだろう。

 恐怖。

 嫌な汗。


(俺がこんな餓鬼――狩人如きを恐れた? 否! そんなわけがあるか!)


 内心で叫び、ラタトッパは左の剣だけで弟を斬り付ける。

 剣鉈で受け止められるが、想定内だ。すぐに右の本命の一撃を入れるも、その一撃は空を切ることになった。

 弟が異様な動作を見せたからだ。


 飛翔した。


 目の前の敵は、馬の体躯を抱えながらも、なんとトンボを切って宙を舞ったのだ。数メートルの距離をいとも簡単に取られてしまう。

 壁を作っていたケンタウロスたちは、踏み殺されぬために逃げ出していた。散り散りに。

 ラタトッパは後悔していた。敵が宙にいる間だに距離を詰めるべきだった。

 だが、あまりもの現実離れした行為に、《間断なき刃》は動けなかった。


 仮に動き、前に出ていたとしたら、彼は弟の槍に貫かれていたことだろう。

 空中の空間は広く、槍を突くための万全の体制があったからだ。そして頭上からの攻撃は意外なほどに対処し辛い。

 そのような命拾いも知らず、ラタトッパは額に汗を浮かべていた。


「き、貴様は本当に――ケンタウロスなのかっ!?」


 叫んだのも束の間。

 気づけば凄まじい衝撃が、自身の横腹に叩き込まれていた。弟が突撃し、加速の乗った横薙ぎを放ってきたのだ、とラタトッパは気づけなかった。


 バキリ、と弟の力に耐えきれず、鉄の槍が折れる音が聞こえてくる。


 ただ痛みと衝撃が叩き込まれた。


 ケンタウロスの戦士たちで作られたコロッセオ。

 その一画が吹き飛ぶ。

 吹き飛んだラタトッパに巻き込まれ、数名が怪我を負っている。しかし、ラタトッパは革鎧と剣を一本、それと腕の骨を犠牲にすることによって、どうにか耐えていた。


 ケンタウロスの頑強な肉体でなければ、即死だったはずだ。


 血を吐瀉する。

 腹の骨、内部にも深刻なダメージを負ったらしい。ダラダラと汗が浮かぶ。


「化け物が! 異端の化け物がっ! ここで貴様を殺す!」


 仲間の一人が折れた剣の代わりを寄越してくる。受け取りたかったが、腕が折れているために握ることができなかった。

 ラタトッパは敵を睨もうとした。瞬時、理解してしまった。


 弟は汗一つ流さず、淡々としている。――獲物を狩る目をしていた。それも獅子や魔物を狩る際の目ではなく、兎やネズミでも狩るかのような……無機質な瞳。

 

 やって来る。


 弟がやって来る。

 軽い調子で折れた槍を肩に担ぎ、地面に倒れたラタトッパを見下ろしている。


 ――思い出した。


 かつて弟が慕っていた人物――《揺蕩う鏃》――に対し、自身が決闘で行った行為。

 腕の切断。

 誇りのある入れ墨、そして名の由来を奪う行為。


「あ」

「終わりか? もう立ち上がらなくて良いのかい?」

「あ。ああ……あ。来ないで! 来るな来るな来るな」


 さっきまで体内を満たしていた殺意が、恐怖の色にねじ伏せられている。身体が震えて剣を持つことができない。

 自身よりもかなり小柄なはずの体躯が、山のように――遠目で見たゾラよりも大きく見える。

 ラタトッパの眦から涙が溢れ出した。


       ▽

 私はかなり呆れていた。

 本来のケンタウロスはもっと強いというのに、実兄はあまりにもケンタウロスの肉体を生かしていなかった。


 ケンタウロスの戦士は誰も戦ってくれないため、ここまで弱いとは知らなかった。

 これならば祖霊術しか使えない、我が幼馴染みのほうが遙かに強い。


(剣の技術が高かろうとも、身体能力がこれではね。アリが剣術を覚えても、ドラゴンには勝てないのにさ)


 かつて私が冒険者を助けた際、興味深い話を聞いた。

 ケンタウロスは魔物だそうだ。


 人間やエルフ、ドワーフを初めとした人類種は、体内に魔力を貯蔵する器官が存在していない。魂に魔力を蓄積するという。


 一方、ケンタウロスを初めとした魔物は、体内に魔力を溜める魔石器官がある。

 魔物に人類種よりも強力な個体が存在するのは、この魔石器官のおかげだ。魔物は、魔力を体内に蓄積することが可能なのだ。

 それを肉体の強化に用いている。


(多分、知らないんだろうね。……ここまで頑なだと祖霊の掟には何か裏がありそうだ。まるでケンタウロスを弱体化させるための神様だろ)


 まあ、祖霊に対する疑いは後にしよう。

 私は地面に蹲り、涙を零して懇願するラタトッパを見下ろしている。ここまで無様であると、なんというか、気まずい。

 ラタトッパは号泣しながら、見下していたはずの弟に懇願する。


「腕を切らないでくれ! 俺の誇りを穢さないでくれ! 頼む! そんなに酷いことをしなくても良いじゃないか! 俺たちは兄弟だ! 二人きりの大切な兄弟。仲良くやるべきだろう。《揺蕩う鏃》もこんな醜い展開は望んでいない!」

「腕を切断してほしくないの?」

「そ、そうだ! 俺は将来が有望な戦士でもある。それを失うことはこの群れにとっても大きな損失だ。従う! 従うから! お前に従う! だから、酷いことをしないでくれ」

「腕を残す代わりに、命でどう? ほら、誇りってやつは守られる」

「い、嫌だ! なんで俺が死ななくちゃならないんだ。殺す必要なんてないだろ! 勝敗が着いた決闘で相手を害するのはマナー違反なんだぞっ!」

「義兄さんの――ガルギルドの腕を切る必要もなかっただろ?」


 う、うう、と完全に論破されたラタトッパが、しくしくと泣き始めた。

 ふいに観客を見渡し、彼は救いの主を見つけたらしい。弾かれたように表情を明るくして、彼は――私たちの母を見た。


「母様! こいつに言ってやってください! 大切な兄を殺すなと!」


 母の視線が私に向かう。

 私は生まれてから母と話したことがない。私が生まれつき言葉を話せなかったため、彼女は私を失敗作として疎んでいた。

 様々な嫌がらせは受けてきたが、言葉をいただいたことはない。

 彼女の瞳には……恐れしかない。


 私は悲しそうに首を左右に振った。髪が左右に揺れる。

 花冠はよくできているらしく、微塵も揺るがなかった。摘み立ての花の良い香りが漂い、心地良く感じるほどだ。


「ラタトッパ、母様は死ねってさ」

「あああああああ! ご、ごめんなさい! 許してくれ。俺は、ただ……誇りなき者を群れのために。そう、すべては群れのためなんだ! 俺は何も悪くないのに怪我をさせるつもりか!? それでお前の誇りは守られるのか!」

「……お前さぁ」


 いよいよ苛ついてきた。

 私は当初、こいつを殺そうと思っていた。それが一番、簡単な終わりかただと思ったからだ。しかしながら、このあまりにも醜悪な様を見せつけられ、意見が変わりつつあった。


(私にはケンタウロスの誇りは解らない。命を失うくらいなら、誇りとやらを失うことを選ぶことだろう。でも、こいつらには……)


 私はやはり腕を斬ることにした。

 ずっと軽い調子を装っていたが、私の腸はこの数年、ずっと煮えていた。


 軽薄で隠さねば止められなかった。


 ガルギルドに群れを頼まれたから。

 群れの一員たるラタトッパを殺すことができなかった。

 でも、本当はずっと殺したかった。殺したくて仕方がなかった。義兄が死ぬ理由を作り、だというのに幸せそうに、自分勝手に自由に生きているこいつが恨めしくて仕方がなかった。


 復讐、したかった。


 私は折れた槍を振り上げる。斬ることは難しいかもしれないが、魔力を込めた膂力があれば、叩き千切ることも可能だろう。

 振り下ろす。ただ傷つけるために――、


『キミは誰よりも――この草原の誰よりも自由になってくれ。私には出来なかった、眩しい生き方を。自由に、生きてくれ』


 槍がラタトッパの血液で汚れる、寸前。

 私はふと義兄の言葉を思い出した。この数年、ずっと忘れることのできなかった言葉だ。


(私は誰よりも自由でなくちゃならない)


 だとしたら。

 私はラタトッパの皮膚に触れた槍を引き上げ、小さく微笑んだ。


「すまないね、ラタトッパ。私の槍はお前ていどに振るうには重すぎる」


 復讐に囚われる生き方は――自由ではない。

 このような男、どうでも良いはずなのだ。殺したところで義兄は戻ってこない。ならば、ラタトッパの腕を奪ったていどで、私の気が済むはずもなかった。


 気が済まないのなら、やる必要はない。

 今まで腹の底で溜めてきた、膨大な量の恨みがさっぱり消え失せた。


(殺していたら、腕を切断していたら、私はずっと恨みの根を抱えたままだった)


 これが、自由だ。

 このような男の存在に一喜一憂するなど、人生の浪費に過ぎない。


 私はそのままラタトッパの隣を通り過ぎた。

 もしかしたら、剣を拾って奇襲してくるかもしれない、と警戒はしていた。が、彼の心は木っ端微塵に砕けたらしく、私に怯えたまま、顔を硬直させていた。


 ぼそり、と背中に声を掛けられる。


「俺を許す、のか?」

「許す許さないじゃない。どうでも良いんだよ。あいにく、私はもう玩具で遊ぶ年齢でもないらしくてね。キミもそうしたら?」

「……」

「あ、そうだ。今日から《穏やかなる瞳》には近づくな。あの人はキミにはもったいない。彼女が良いと想う人が現れるのを待とう」


 ラタトッパは何も言わない。

 言えない。言わさない。

 私は振り返り、大切な群れの一員に声を掛けた。


「彼女を侮辱したり、差別したり、私が理不尽だと考える行為をすれば、その時こそは容赦しない」

「……わ、解った」

「解った?」

「解り、ました。《穏やかなる瞳》に近づかない。誰にも彼女を侮辱させない」

「そう、良かった」


 一応、群れのルールに従い、正式な手段で以てラタトッパは《穏やかなる瞳》を妻に迎えたのだ。

 私が文句を付けられることではない。

 が、今回、ラタトッパは完膚なきまでに戦士の誇りを失った。


(義兄さんは《穏やかなる瞳》が群れで迫害されることを嫌がった。なら、もう戦士の誇りが潰れたラタトッパの妻は止めるべきだ。さもなくば、それこそ迫害されるだろ)


 私は群れたちの様子を窺った。

 その誰もが試合結果に納得いっていないようだ。ラタトッパが弱かったのではないか、泣いて母親に縋るとは、命乞いをするとは……なんて囁き合う声が聞こえてくる。

 

 少々、同情してしまう。

 私はラタトッパがずば抜けて嫌いだが、幼馴染とチトシーシ、鍛冶師以外のケンタウロスは全員あまり好んでいない。好き勝手言いやがって、と思う。

 幸いながら、この群れの中でラタトッパの実力は図抜けている。


 落ちた評判は、時間を掛けて修復すれば良い。


「……ぐ、う。誰か、誰か、俺を起こせ。巫女様、早く俺を治してくれ。死んでしまう。頼む、誰か助けてくれ」


 誰も怪我をしたラタトッパの救護に動いていない。彼の妾や子どもたちでさえ、ラタトッパのことを心底から軽蔑する眼差しを送っている。


 さすがに巫女は、遅れて治療に向かうだろう。数ヶ月は動けないだろうが、あの重傷が数ヶ月で済むのならば安い。

 私はラタトッパに「頑張れ」と呟き、決闘場を後にした。


 少しだけ風が煙たかった。

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