第3話 守護獣審判
▽第三話 守護獣審判
守護獣審判については、まず守護獣の説明をせねばなるまい。
守護獣とは、群れで収容している魔物のことを指す。
基本的にケンタウロスは逃走を許されていない。だが、ケンタウロスではどうにも出来ない魔物というのは、この草原には無数に存在している。
その魔物から逃げるため、ケンタウロスは遊牧民をしているのだ。
であれば、逃げてはいけないケンタウロスは、どうやって逃走するのか?
簡単な話だ。
魔物を捕まえてきて、その魔物に祖霊を降ろし、群れを守護してもらうのだ。実際に祖霊を降ろしているわけではないので、油断をすれば暴れられてしまうが。
手に負えない魔物が襲ってくる度、檻の中の守護獣を囮に逃げる。
ケンタウロス的には「祖霊が戦っている。手出しは無用」となるらしい。
そして、肝心の守護獣審判についてだが、これは守護獣を用いた儀式だ。
ケンタウロスが何か要望を言い、守護獣を倒すことによって、祖霊に願いが認められた……という解釈を行うのだ。
(守護獣にされるような魔物は、ケンタウロス単体では勝てない奴ばかりだ。だから、この儀式は……ほとんど却下されたのと同じだ)
守護獣審判は、処刑を免れようとしたり、掟を破らざるを得ないときに用いられる。日本で言うところの、処刑に耐えたら無罪放免、というのに似たルールだ。
まあ、あれは都市伝説らしいけれど。
ともあれ、クリア不可能を前提とした儀式なのだ。
「へえ」
今、俺と対峙しているのは、鋼鉄のような外皮を有する――サイである。
たしか名前を《メタルライノ》。
顔の前につくのはハリネズミを彷彿とさせる角たち。角角角角――数えるのも馬鹿らしくなるほどの角たち。
「そんなに角、いらなくない?」
こいつは義兄に捕まった個体だ。どうやって弓を通したのかは知らないが、《穏やかなる瞳》が調合した麻痺毒で捕らえた一体。
おそらく、刃なんて意味がない敵だ。
《だってのに、ケンタウロスとして戦う以上、剣を使うしかない》
一応、義兄からもらった剣鉈は、ギリギリ剣であるらしい。
と実兄が保証してくれた。嫌がらせだ。普通の剣であればリーチがあり、重さもあり、少しだけ可能性が生じる。
が、剣鉈は短く軽い。メタルライノの肌には絶対に傷を付けられない。
『貴様も戦士の端くれと名乗るつもりならば、己が武器を使うが良い。それ以外の使用は、誇りあるケンタウロスとして認められん』
苦笑とともに、俺は剣鉈を抜く。よく手入れされ、そして義兄の手によって数多の血液を吸ってきた――素晴らしい剣鉈。
(妨害したつもりだろうが、こちとら百人力だよ)
笑う。笑う。笑う。
牙を剥き、目の前の獲物に笑いかけた。今日の俺は狩人なのだ。
「もういい! 逃げるんだ! キミが命を賭ける意味が解らないっ!」
義兄――《揺蕩う鏃》が叫んでいる。手には弓を持ち、今にもメタルライノを殺そうとしているが、村のオスたち数人がかりで押さえ込んでいる。
俺は笑う。
「あんたには幸せになってもらいたい……命を賭けるのなんて惜しくない」
覚悟は決まっている。
そもそも、俺は現代日本で一度、死んでしまっている。
すでに一度は失い、偶然に拾った命なのだ。
(俺よりも本当は年下なのに、群れ全員から爪弾きモノにされているのに、ガルギルドは綺麗に生きている。そんな奴が報われない世界――俺が変えてやる)
せめて好きな女の子と一緒になれるくらい――それくらいの幸せは掴んで良いはずだ!
だから!
「お前には死んでもらうぞ、祖霊!」
「守護獣審判――始めっ!」
巫女の声と同時、守護獣――メタルライノへの拘束具が外された。足枷が破壊され、口を拘束していた輪が弾け飛ぶ。
戦いが始まった。
▽
幼いケンタウロスの義兄弟が、夕暮れの草原を歩いている。茜色と蒼の草原とが、妙なコントラストを浮かべている。
アンニュイな色合い。僅かながらのノスタルジー。
しかし、二人は仲よさそうに、本当の兄弟よりも兄弟らしく、言葉を交わしている。
子馬が不思議そうに言う。
『ねえ、義兄さん。どうやってメタルライノを倒したの?』
『あれは戦うものじゃないさ。まず、あのメタルライノの初速は、私たちケンタウロスを遙かに超えている。あの重量、硬度、角を頼りに突進してくるのだ。しかし、動きは一直線のみ……左右に躱すんだよ』
『ですが、躱したところで弓が通らないのでしょう?』
『躱し続ければやりようはあるさ。良いかい、義弟。メタルライノと交戦するときは、絶対に真正面から向き合ってはいけない。貫かれるだけだ』
過去の会話が脳裏を過ぎる。
それが走馬燈だと気づけたのは、
「戦え、祖霊の化身!」
幼馴染みの悲鳴みたいな声援のお陰だ。
ハッと意識が戻る。すでにメタルライノは走り出している。我らケンタウロスが車だとしたら、メタルライノの奔りは――ロケットだ。
義兄のアドバイスを思い出す。
メタルライノの攻撃は、直線的な突進のみ。
だから、絶対に正面から向き合ってはいけない――なんて知るかよ。
「俺はお前を殺すんだ。真正面から――ぶっ殺す!」
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「良いな、祖霊! もっと吠えろ! おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
メタルライノに応じるように、俺も駆け出す。
左右にではない。ましてや後ろでもない。
俺は突進をしている。短い剣鉈を片手に、大草原を全力で疾走する。馬の巨体が風を突き破り、とても気持ち良い。
走る、走る、疾る!
血が煮えるように滾る。
口元から笑みが消えてくれない。獰猛な、獣の笑みが。
「脳みそ、寄越せえええええええええええええ!」
俺は避けなかった。
近づいてくるトラックの如きメタルライノ。
人を、ケンタウロスを容易く轢き殺す、化け物!
一歩も引くことなく、俺はメタルライノの突進を受けた。腹を無数の角が突き刺さり、体内の臓器がいくつも貫かれた。
血を吐く。
目の前が真っ白に明滅した。が。
メタルライノに異変が生じる。
さっきまでの勢いが失せ、俺を串刺しにしたメタルライノは、とぼとぼと数歩をふらつく。それから、ドサリ、と大きな音とともに地に伏せた。
死んでいる。
当然だ。今、メタルライノの眼孔からは、一本の剣鉈が生えている。
俺が突き刺した。
俺の膂力では、剣鉈では、メタルライノの皮膚に傷を付けられない。
また、おそらく目玉に刃を立てることもできなかったはずだ。
が、メタルライノの異様な初速、それにケンタウロスの全力疾走を重ねることにより、どうにかメタルライノの眼孔から脳を破壊することに成功したのだ。
少しでも恐れれば、あるいは狙いを一ミリでも外せば、俺は無駄死にだったろう。
(それがどうした?)
メタルライノの不幸は、俺が一度、死を体験していることを知らなかったことだ。
無駄死にには慣れている。
「俺の、勝ちだ……義兄さんの、勝ちだ」
角に貫かれ、血を大量に吐きながらも、俺は拳を天に掲げた。まだ入れ墨を入れられていない手だけれども、まあ、そこそこに見られたものだろう。
不敵を意識して嗤い、俺は実兄――《間断なき刃》に指を向ける。
「お、お前はメタルライノにも……勝てないだろ、う」
「あ、あ、あぅ」
奴は化け物を見るような目で俺を見て、数歩、後退った。
ざまあみろ。
義兄さんは――《揺蕩う鏃》は、メタルライノよりも、俺よりも強いのだ。
俺は意識を失った。このまま死ぬのも悪くない。
だって俺は――泣きそうな子どもを助けられたのだから。今度こそ。
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