夏。ファミマに謎の美人が現れる。

(綺麗なお客さん……) ミカはそう思った。


少しくせのかかった長い茶色の髪が、腰あたりまで伸びてる。

涼しそうな白のノースリーブのシャツにパンツルック。

見た目的に20代半ばくらいの女性だろうか。


ここは関東平野のど真ん中。山もなければ海もない

田園に囲まれた田舎でこんな美人の客などめったに見れない。


「会計お願いします」

「あ、はーい。ただいま参ります」


店員のミカが、パンの検品作業を中断してレジへ小走りする。

アルバイトの高校生の女の子は、隣のレジで別のお客の会計をしていた。


まゆがモバイル決済をするために端末にかざす。

しかし、何時まで経っても確認の音が鳴らない。


「おっかしいなぁ」

「お客様、もう一度画面を確認していただいてもよろしいでしょうか」

「うん。おっけー」


なんとも軽い返事だった。


店員のミカが画面を見た時、衝撃走る。

なんとそれは電子決済アプリではなくSBIの証券口座の画面だった。

ご丁寧なことに彼女のフルネーム「斎藤まゆ様」まで表示されている。


「あ、あわわ、なんでこんな画面を……あ、そうか。

 さっき出先で取引してた時に画面をそのままにしてたんだ」


まゆは、このコンビニに寄る前にコメダにいたのだ。

家にいると母がうるさいのでスマホ片手に喫茶店でデイを頑張っていた。

ヒステリーの母と関わりたくないので優待券を片手にマックに行くこともる。


「あの、店員さん?」

「……」

「ちょっと、店員さん!!」

「は?」

「なんだかボーっとしてましたけど、大丈夫ですか」

「失礼しました」


ミカは内心の動揺を悟られぬよう、いつものポーカーフェイスでお会計を

済ませた。まゆは顔見知りの店員さんに証券口座の画面が見られたのが

恥ずかしいので早々に立ち去るのだが、ふと出口前で立ち止まり、振り返った。


(……なんだろう? 私を見てるの?)


まゆは、ファミマの制服姿のミカをじっと見つめてる。

何か言いたいことがあるのかもしれない。


「お客様。どうされました。何かお忘れ物でも?」

「い、いえっ、そーゆーわけじゃないんです。失礼しやしたー!!」


最後は少し噛んでいた。




「あっつ……」


外に出ると夏の日差しはまだまだ強い。

時刻は17時前だが、太陽光の強さは肌を焼くレベルだ。

平野部は一日の寒暖の差が激しく、特に夏場が地獄だ。


「私バカだから今日家を出る前に日焼け止め塗るの忘れちった~」


ガサゴソとマイバックの中からガリガリ君(コーラ味)を取り出す。

信号待ちしながらも平気でアイスを食べる。

どうせ田舎だし気取っても仕方ない。ここから歩いて10分くらいで家に着く。


まゆは(今日は家に帰りたくないなぁ)と思った。


今日は父が定時上がりの日なのだ。父の勤め先は生命保険会社。

労働法の改正により毎週火曜と木曜日だけ定時帰りとなっていて、

今日がその木曜なのだ。


父は車通勤。寄り道を滅多にしないから18時過ぎには帰宅する。

残業のある日は別だ。22時過ぎに変えることも珍しくない。

どこの職場の人手不足。父は営業部の部長をやってるから

部下たちが帰ってからも残務を終わらせる必要がある。


まゆが思春期の時、父のことを社畜だとバカにしていた時期もあった。

でもまさか自分が看護師になって同じような目にあうとは夢にも思ってなかった。

父のことが嫌いなのではない。むしろ好きだし尊敬してる。

父が家にいる時は母と喧嘩になるから、それに巻き込まれるのが嫌なのだ。


今は無職だが、さすがにそろそろ仕事を見つけないとやばい。

いっそ繋ぎということで、さっきのコンビニでも良いのかもしれない。

デイの合間にタウンワークのアプリを開くこともある。

当分の間は正社員や正職員の仕事は勘弁してほしかった。


まゆは考え事をしてるので上の空。

ふらふらと夢遊病者のようにその辺の住宅地を歩き回ると、

いつの間にかまたファミリーマートに戻って来ていた。


「あ……」

「あっ。どうも」


また会った。ちょうど17時をわずかに過ぎたところ。

店の自動ドアから出てきたミカが私服姿だ。シフト終わりなのが分かる。

少し緊張するが、ここはまゆの方から声をかけた。


「あのっ。店員さんはこれから帰るところですか?」

「はい。そうですけど」

「私、いつもあなたのことをこの店で見かけてました」

「はぁ……それは私の方も同じです」


「すみません。もしかして今日は急いでたりします?」

「いいえ。これから家に帰るだけですから別にこれといって用事は」

「実はひとつ、聞きたいことがあったんです」

「なんでしょう」


まゆは息を大きく吸ってから言った。


「あなた、名前は新田さんですよね?

 新田さんって、もしかして投資をされてる方だったりします?」


ミカは頭を Σ( ̄ロ ̄lll)ガーン と殴られたような気持になった。


(お店のお客さんに私が投資家ってことがばれてる……?

 なんで? どうして? ああ……そうかっ。さっきこの女性の

 証券口座を凝視しちゃったから、その時の反応でばれたのか)


疑い深いミカは、相手の正体がまさか銀行や証券会社の

使い走りかと思ったが、女のカンで分かった。きっとこの人は

自分に対して害意はない。純粋な好奇心で聞いている。


きっとリアル世界で投資仲間が欲しいのだろう。

それはミカの方も同じだったので正直に答えることにした。


「はい。投じてる金額は小さいですけど、一応は投資家です」

「やっぱりそうなんだぁ!!」


それから二人はコンビニの駐車場の目立たないところへ移動してから

しゃべり続けた。と言っても一方的にまゆがまくし立てているだけだが。


ふたりはお互いの投資経験を語り合ったが、どうにも話が合わない。

なぜなら二人は投資スタイルも投資銘柄も異なるからだ。

異世界人同士の会話といっても過言ではない。

しかし全く違うゆえに、参考になる部分が多かった。


(ふーん。デイの人ってそういうふうに稼いでるんだ)

(高配当投資って暴落しても資産があまり減らないメリットがあるんだね)


話題はお互いの住んでる場所や前職の内容へと変化していき、

ついに夕暮れとなった。さすがにこれ以上話を続けるわけにもいかないので

解散となる。お互いの名前を告げてからLINEを交換した。


「今日は話し相手になってくれてありがとー。

 新田さんは20代前半だろうから全額投資でも

 超余裕だと思うから、これからも投資をがんばってね!!」


 (゚Д゚;)  20代前半……?

 (;・∀・) えー? なにその顔。さすがに10代ってことはないでしょ?

 (;´∀`) 私は今年で30歳になりました……。


まゆは衝撃で腰が抜けそうになる。


「えええええ!! 私と同い年だったのぉ!?」


「え……ってことは、もしかして斎藤さんも30歳なんですか?

 私はずっと20代の人だと思ってましたけど」


まゆからみて、ミカの容姿はどうみても20代だった。

身長は150センチ。肩の上で切りそろえられた黒髪。

化粧気はないが童顔だ。くりっとした目元が特徴で肌が白い。

店に来るたびに「あの小柄で可愛い店員さん」と心の中で呼んでいた。


ふたりは、あとでどこかで食事をしようと約束をして別れることにした。


ミカはホンダの軽自動車N-BOXで帰った。

まゆも帰路を歩く。車道を行き来する車のライトを浴びながら。



「たっだいま~~」


まゆが玄関を開けると、案の定、父の革靴が置かれている。

ダイニングの方から母の怒声が響いていた。これも想定通り。

彼女は投資をするようになってから先に起きる事を想定できるようになってきた。

投資家なら誰でも持つユダヤ式思考回路である。


「娘が行き遅れになってしまうのは、父親であるあなたにも責任があるわよぇ!!」


「……まあ落ち着け。私も仕事帰りで疲れてるんだ」


「あなたは、いつもそうやって逃げてばかりで何もしなくていいわよね!! 

 私はいつもいつも真剣にあの子の将来を考えてあげてるのよ!!

 まったくもう、少しは私の気持ちも考えてほしいものだわ……」


父は眼鏡をはずし、目の奥が痛むか目元を押さえる。


「……」

「黙りこまないで何か言ってみなさいよ!!」

「ふぅ~~。分かった分かった。じゃあ娘が帰ってから三人で話し合おう」


まゆがそこへ顔を出し、咳払いをした。


「ただいまぁ~。ちょっと帰りが遅くなったよ」


「まゆ……いたの。その様子だとまたコンビニに行ってきたのね。

 コンビニでアイスを買うと割高だからスーパーで

 買うようにいつも言ってるわよね」


「やー、でもさぁ。うちは一番近いスーパーでも八キロも離れてるわけだし?

 車のガソリンを使うよりかは、いっそ歩きでコンビニまで

 行った方が燃料費の節約になるかなぁっと」


「言い訳するんじゃないわよ!! あんたは仕事もしないで

 遊んでばかりなんだから少しは家計のことを考えなさい!!

 安倍政権が消費税を10%に引き上げたの知ってるわよね!!」


「はいはい。分かってまーす。うちは生活がくるしーです」


「その口調!!」


「だーかーら。私はこういう性格なんだって。口調なんて今さら治せないよ。

 おやっ、この鍋の中身は……今日はカレーか。しかもこの匂いはバーモント。

 おいしそーだね。パ……お父さんも食べる? 盛ってあげるよ」


「うむ。お願いしようかな」


妻がまだ騒ぐが、夫が何とかなだめて食事にした。

早く食べないと冷めてしまうし、怒鳴りながらでは食事がまずくなる。

とりあえずは休戦とし、食べ終わってからまた騒ぐことにした。


気まずい雰囲気なのでテレビの音だけが流れる。

堅物の父は決まってNHKのニュース番組にチャンネルを合わせる。

7時のニュースだ。男性の、これまた堅物らしいキャスターが原稿を読み上げる。


『全国の警察庁から総務省に出された最新の統計では、全国各地で

 女性の自殺率が1967年の統計開始以来、最多となりました』


父は、カレーを食べる手が止まり、画面に釘付けになっている。

母の方も目つきがますます凶悪になっている。まるで深海魚のようだった。

毎日家にいるせいか、目つきがどんどん悪くなっている。


番組ではコメンテーターが登場した。


『専門家の片山さん。女性の自殺で特に多いのが、ひとり親世帯の人ですね』


『そうですね。ひとり親の場合は、母子扶養手当などの公共的な家計支援があるとは  

 いえ、多くの人が接客業を中心としたサービス業従事者です。

 今回のコロナショックではサービス業の方を中心に失業しています』


『離縁した夫の側から養育費を始めとする生活費はもらえないのでしょうか』


『それが、だめなんです。アンケートによる調査結果によると、離婚した夫の

 およそ8割以上が、養育費の支払いを途中でやめてしまっている。

 養育費の支給があるのは最初の3か月だけ。それ以降は音信不通になり、

 行方をくらませてしまう事態が散見しているんです』


まゆの父、虎次郎(こじろう)のスプーンを握る手に力が入る。


「この惨状を知っていても政府は貧困者への給付金の支給を拒む。

 ひとり親の人たちはまだ若いんだろう。かわいそうにな……。

 あの女性たちは政府に見殺しにされるんだ」


「何言ってるの。給付なら4月に一律10万をもらったじゃない」


「貧困世帯の人にとって一度限りの10万では全く足りないだろう。

 もっと多くの給付を配らないといかん。イエレン長官の財政政策を

 みてみなさい。米国では半年ほど給付金を配り続けて貧困を救っている」


「米国がどうしたの。

 あっちの政府のやってる事なんて私達が考えても仕方ないでしょ」


「だが、大切なことだぞ」


「あっそう!! 

 だったらうちの家計を救ってくれる方法でも思い付いたらどうなの!!」


「待て。そう声を荒げるな。私はただニュースのことについて

 話しただけであってだだな。別にお前を否定したいわけじゃ…」


「日本はこれからどんどん貧しくなっていくのよ!!

 今回のコロナでもどれだけ多くの人が失業したことか!!」


「金か。お前はどんな時でも金の話ばかりだな。

 そんなに金が欲しいのなら、お前も主婦をやってないで働きに出たらどうなんだ」


「……」


それは無理な相談だった。まゆの母親、佳子(よしこ)は32年前に

結婚してから一度も外で働いたことがない。長らく専業主婦を続けた人は

仕事の覚えが恐ろしく遅く、端的に言ってお荷物だ(筆者も体験してる)


それにブランクが激しすぎるために雇用主が採用をためらうパターンが多い。

そもそもコロナ渦の最中で単純作業系のパートに空きはない。


「それより問題はまゆのことよ!!」


話題をすり替える。


件のまゆは鼻歌を痛いながら皿洗いをしていた。

料理はしないが片付けくらいは手伝う。

まゆは怒声をシャットアウトするために無線式のイヤホンを装着。


世界のソニー製のマークが光る。

その製品のブランド名は重低音を強化した『エキストラベース』だ。

余談だがソニー製品のブランドはオーディオ大国の英国やドイツでも大人気だ。


「あなたからも叱ってもらなわくちゃ!!

 まゆの部屋に「億トレーダーへの道」って感じの頭の悪そうな本が

 たくさん置いてあるのよ。あんな宗教まがいの迷信に騙されて

 毎日株をやってるのよ。この子ったら、家にいると私に怒られるからって

 週に三日も喫茶店通いをしてるんだから!!」


「うーむ。株かぁ。株はブームだからなぁ」


アサヒ・スーパードライの缶を開けるパパ、虎次郎。今日はこれで2本目だ。

缶を開けた瞬間に優しい泡が立つのがアサヒブランドの特徴だ。


「投資の利益を聞いたら、看護師時代に比べて手取りが半分以下ですって?。

 バッカみたい。そんな無駄なことをしてる暇があったら

 スーパーでレジ打ちでもしてるほうがよっぽ有意義だと思わない?」


「そう頭ごなしに否定することもあるまい。

 まゆだって、まゆなりの考えがあるんだろう。

 それに今は次の仕事を探すまでの充電期間だと本人が言ってたじゃないか。

 まゆはもう子供じゃないんだ。自分の頭で考えるだけの力はある」


「まゆは、まだまだ子供よ!!」


「……それはともかく、やり方はどうであれ金融資産の運用に

 目覚めたことは悪いことではないだろう。お前も知っての通り

 日本円の価値は日ごとに失われていく。ただ現金で眠らせるよりは

 有価証券に変えて運用した方が老後資金にもなり将来的には得だと思うが?」


「何言ってるの。まうがやってるのは運用じゃなくてギャンブルじゃない。

 あなたの会社の資産運用部がやってるような国債運用ならともかく。

 若い娘に株式投資なんてできるわけないのよ。

 朝9時になるたびにスマホに夢中になっちゃってバカみたいだわ」


「株を始めたばかりの頃は日々の値動きが気になるものだ。

 まゆが自分の意志で新しいことをやろうとしてるのに

 親がそれを頭ごなしに否定してどうする」


「あなたはいつもそうよねぇ……私の意見に反対ばかりして!!」


「うるさい。私も疲れてると言っただろうが……!!」


父もさすがに腹が立ったのか、怒鳴り返してしまったので

喧嘩がエスカレートし、木曜日の夜の決戦が始まってしまった。

斎藤家ではこれが恒例行事でたまに隣家から苦情が来る。


まゆはすでにお風呂を沸かしていた。お風呂から上がったら

さっさと寝ようと思っていた。100均で買った耳栓をしながら。

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