まゆは引きこもりになってしまった

「今日は良い男いるかな」


斎藤まゆは仕事を辞めてから自室にこもることが多くなった。

ナースの激務から解放されて無気力になってしまったのだ。

必死に働いてるときは、貯めたお金を使ってドイツやフランスに

旅行してはじけるよ~と思っていたものだが、人間の感情とは

不思議なものだ。今では近所のスーパーに行くのさえ面倒なのだから。


交代制の夜勤から解放されたおかげで生活リズムは通常に戻った。

嘘みたいに肌の張りもいいし体も健康そのもの。

化粧のノリも良い。彼女はこれといって散在するタイプでもないが、

婚活中の現在は化粧品には力を入れている。


「うわっ……ひどっ。こいつもはずれか」


31になる前に理想の結婚相手を見つけるために

マッチングアプリを使ってみたが、経歴に嘘を書く男が多く、

実際に会ってみると外見、経歴、性格に問題のある人ばかり。


いわゆる、ワケあり物件だ。そもそも、日常生活で出会いがなく

マッチングアプリを使ってる時点で恋愛市場では負け組なのだ。

出会い系とは、人としての魅力のない人間が集う恋愛の墓場だった。


まゆは馬鹿ではないからすぐにその仕組みに気づいた


「結局私って婚活サイトに手数料を取られてるだけじゃん」


スマホをベッドに投げる。

心底バカバカしくなった。


貯金をおろして10万もする化粧セットを買ったのに。

婚活用の高い服もクローゼットに仕舞ったまま出番はない。

靴だってそうだ。専門店で8万もするブーツを買ったのに。


二階の自室から一階に降り、キッチンに行く。

母親が夕ご飯を作っていた。時計の針が18時を指す。


「まゆ。こんな時間まで寝てたの?」

「んなわけないじゃん。部屋で休んでたの」

「たまには料理を手伝いなさいよ。今日は買い物も頼んでおいたはずだけど?」

「卵買うんだっけ? えへへ。ごめーん。めんどくさからまた明日ね」


「あんた……よくそんなので患者さんの面倒が見れたわね」

「まあまあ。私はオンとオフと切り替えるタイプだからさ」

「婚活の方はどうなの? 順調なの?」

「あーそれはちょっと。また後で話すよ。ちょっと出かけてくる」

「この時間に出かけるの?」

「うん。すぐ戻るから」


何気なく近所のファミマに行った。たまには外に出ないと、と思う気持ちと

運動不足解消にウォーキング代わりに。田んぼの多い田舎なので

彼女の住む家からは歩いて800メートルも離れてる。


そこはミカが勤務するコンビニだ。運命の偶然によりこの時点で

ミカとまゆが出会うことはなかった。その日はミカのシフトが入ってなかったのだ。


ミカはアイスが好物なので雪見大福を買い、食後に食べようと思った。

冬にコタツに入って食べるアイスはまた格別だ。

ついでに母から頼まれていた卵を買おうと思ったが、

半熟卵のセットしかない。それにスーパーで安売りを買わないとあとで怒られる。


「あざっしたー。またいらっしゃいませー」


今風の若者の口調。会計してくれたのは男子高校生のアルバイト君だ。

なんとなくサッカー部って感じの運動神経の良さそうな長身の男の子。

まゆの年齢からしたら可愛いと感じる年ごろだ。

そう思うと歳を取ってしまったんだなぁ……としみじみ思う。


ミカのレジ袋には、アイス以外に余計なものが入っていた。


【株で10億稼いだ男の投資術。チャート分析の達人】 1,400円。


何気なく目についた本を買ってしまったことが、

のちに彼女の人生を狂わせることになる。

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