第2話 同窓会
*
「みんな、久しぶりー!」
びくっと肩を震わせて振り向いても、こちらに視線が行くことはない。同い年の女性は妙に着飾った格好で、元の色や意図も分からない化粧品で顔を固めて笑っていた。
やがて女性の集まりは二人、三人と連鎖していく。そんな時後ろから声が聞こえた。
「あれ、お前
「あ、あぁ」
「うわっ、本当だ!!? え、なんで!? いや、別にいいんだけど。いいんだけど、そりゃ……なぁ?」
「いやいや、若岳だって分かってんだろ、あの頃浮いてたってことさぁ。だからここにいるのが不思議でびっくりしてんの。悪く言ってんじゃないぜ、俺たちは」
流暢に語りかけてくる優男は、
俺が何か続ける前に、栗山が重ねてくる。
「でも、誰だって思い出を懐かしみたくなるもんだよなぁ。俺たちのことも想像しながらここに来てくれたのか?」
「……まあ」
「ちょっ、ワカハゲその返事の仕方変わらなさすぎるだろ」
「お前っ、やめろって! 俺だって我慢してんたんだから! 若岳は若岳だろうが!」
唾を飛ばしながら噴き出した瀧沢。随分とブランドものに身を固めて、アクセサリーも重たそうにジャラジャラ携えている。それに同調して腹を抱えてる時雨井はスマホを二台操作しながら、早口で瀧沢にツッコミを入れる。要は俺を弄って楽しんでいるようだった。二人とも変わらず、数年振りにもかかわらず。
いやぁ、お前らこそ性根の悪さが変わってなくて安心したよ。
と、皮肉の一つでも言えたならいいが、それには随分とエネルギーが必要だ。今更こいつらが改心したとは思っていなかったので、別にそれはどうでもいい話。適当に切り上げようと思っていた時、奥の方にいる女子のグループから栗山にお声が掛かる。
「っと、悪いな若岳。それじゃまた。お前も楽しんで」
「ワカハゲも一緒にくるか? ブハハハハ!」
「お前、それはいくらなんでも可哀想だろ!」
悪ふざけは途切れることなく、アイツらは終始笑っていた。首筋に爪を当てて、何度か引っ掻きながら、その後ろ姿を眺める。
やがて集合時間が過ぎ、とある会場で一同に会するクラスメイト。司会はどうやら栗山と、名前は忘れたがクラスのマドンナ的な女子だったか。
俺はどちらかと言えばもっと小柄な……あぁそうだ、その女子と同じグループにいた
と、偶然目が合ってしまう。瞬間的に目を逸らされると、何やら会話している風だった。少ししてから取り巻きがこちらを睨んでくるのが分かる。
会は進行し、誰々が結婚したとか、子供が出来たとか、順番に壇上に上がってはそんな話が終わった後、暫しの歓談。各々自然と声を掛け合い、島になったテーブルに輪が出来ていく。会場は活気に満ちていた。
俺はというと、一人会場を徘徊していた。その度、主に女子連中からの白い目をひしひしと感じた。逆に、若岳のことなんて覚えてません、話したことありません、なんて奴もいる。
だが俺は、それさえも悦びだった。蔑まれるのが好みなわけではない。会場を彷徨きながら会話を盗み聞きし、奴らの所持品を盗み見していた。
すると聞こえてくるのは、やはりあの話題。その度に笑みが溢れそうになる。左耳がどれだけ陰口を拾ったとしても、右耳でその話題を拾えば。
「え、あのアニメ見てるんだ! めっちゃ面白いよね!」
「そうそう! 普段見ないし、ミーハーかなーって思ったけど、復讐のシーンとかめっちゃスカッとするなーって」
男女問わず、それは何度も話題に挙がっていた。『復讐へのバージンロード』というネット小説を原作としたテレビアニメ。
タイトルから一見して一般小説にも見えるが、中身は現代の不思議を取り入れたローファンタジー。いわゆる韓国ドラマなどに見られるような、主人公が転落してからの復讐劇がリアルで、かつキャッチーなバトルシーンも魅力。
単なる喧嘩や拷問ではなく、復讐を繰り返すごとに得られる力と仲間によって更に復讐を繰り返していくストーリー。道中登場するキャラクターとのコミカルな掛け合いも人気なことから、グッズ展開も成功を収めている。
これがインフルエンサーの目に留まり、激バズり。今や若者で知らない人はいない、ビッグコンテンツになったのがこの『フクバン』であるが。
何を隠そう、その作者はこの俺……「
五年前に何となく書き始めたこの小説が、つい半年前に急にバズり出した。編集曰く昨今の復讐ブームが効いたらしく、ラノベっぽくないタイトルも引きがいいのだとか。
「あーそれ俺も見てた。主人公はいけ好かないけど、キャラは可愛いよな」
「でしょー? ほら見てこれ、旦那と一緒に見てるからストラップもお揃い」
こういった場で共通の話題は貴重だ。それもちょっと今風の、良くある雑談ネタから外れたサブカルネタ。となれば、今急バズり中の『フクバン』はぴったりだろう。
人気が高まれば必然と作者にも興味が移る。だが今であれば素性を明かさないことも不自然ではない。「作者は医者だ」とか「根暗な中学生が描いてる」とか、適当なガセネタが広がってるだけ。ネーミングセンスも相まって、一部では神格化が始まっているとも聞く。
残念だったな、お前ら。今流行りに乗っかって金を落としてるコンテンツは、お前らが見下し続けたこの俺が一から作り上げたものなんだよ。
そんな決め台詞を吐き捨てて悦に入る。そんな妄想をどれだけしたか。もちろん実際にそんなことはしない。コンテンツや流行は一過性のものであるし、全国民に受け入れられているわけではない。この作品だけが俺の価値ではないこと、わかっているつもりだ。
ただ、先の三人組でさえ話を合わすためか、それとも本気でハマっているのか、「フクバン」ネタをバンバン取り入れてくれている。正に掌の上だ。
と、ちょうど原作にこんな話がある。
*
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