母と葉書と植物図鑑

@touka0920

母と葉書と植物図鑑

カコン。

郵便受けから音が鳴る。

そうか、また季節が巡ったのか。


季節が変わると、母から葉書が届く。

大人になってから、季節感を感じなくなったように思う。

上京し、一人暮らしを始めて、慣れない仕事と家事に追われていたからだと思う。

母から送られてくる葉書が、季節の変化を知らせる合図になっていた。


◆◆◆


母は昔から身体が弱く、病気がちだった。

そんな母が入院を始めたのは、僕が上京した、ちょうどその年だった。

父から連絡をもらい、すぐに病院に向かったものの、このご時世だ。

面会はできなかった。


その後も病院には何度か足を運んだものの、面会はできなかった。

諦めるしかなかった。


東京に戻り、慌ただしい日常生活に戻った。

そんなある日のこと、母から一通の葉書が届いた。

そこには、母が好きなテレビ番組のことや、看護師さんとの楽しいやりとり、

お父さんを気遣う言葉、そして右下には、花の絵が描かれていた。


「窓から見えるひまわりが笑っています😊」


と、コメントも添えられていた。


手先が器用な母は、絵を描くのも得意だったと思い出す。

僕が小学生のときに大賞を取った夏休みのポスターは、ほぼ母の作品と言って良い。


色鉛筆を使って描かれたその花は、小さな額縁の中でもいきいきと見えた。


返事を書くことにしたが、僕には絵なんて描くことはできなかったから、

文字を並べることしかできなかった。


次に届いたのは、紅葉の葉書。

その次は枯木…と思いきや、小鳥のたくさんとまった木が描いてあった。


さすが、母さん。


と、驚嘆してしまう。

僕だったら枯木を描きそうなところだ。

昔から、母は目のつけどころが違っていて、

羨ましくも、憧れていたところでもあった。


こんな風に、母とのやりとりは僕の密かな楽しみであり、ほっとする時間だった。


そして、そんなやりとりも3周目になったある日。

父から電話が来た。

内容は、聞かなくても分かっていた。



母が今日、亡くなったと。


◆◆◆


通夜、告別式、火葬、埋葬。

何もかもが光の速さで過ぎていったように思う。


僕は父と一緒に、母の入院していた病院に向かった。

そして、母の過ごしていた部屋に入った。

一番窓側のベッドだ。換気中らしく、窓から入る風に、クリーム色のカーテンが踊っている。


そうだ、と思った。


母の見ていた景色を、風景を、この目にも映したくなった。

窓際に駆け寄り、カーテンを開ける。


その目に映ったのは。



柵と、荒野だった。


花なんて、木なんて、何処にも無かった。



その後、看護師さんに聞いた話では。

数年前に、病院の隣にあった建物が取り壊されて以来、そこはずっと空き地だそうだ。

母は看護師さんに、夫と息子に心配はかけたくない、母さんは元気にやってるよ、と伝えたいと話していたらしい。


そして、看護師さんから渡された一冊の本。

それは、植物図鑑だった。

花や草木が季節ごとに分かれて載っていて、

日付の書かれた付箋もいくつか貼ってあった。


一番古い日付のページをめくってみると、

そこには、ひまわりの花の写真が載っていた。

そして、未来の日付の書かれた付箋も貼ってあった。


ねぇ、母さん。

母さんはいつも、自分のことより、家族のことばかりだったね。

僕は今まで、自分のことばっかりだったよ。

僕には絵を描くなんてできなかったけど、写真を送るぐらいはできたんだろうな。


ねぇ、母さん。

また会ったときには、父さんと3人で、いろんな花を、草木を、見に行こう。

そのときはさ、僕がカメラマンになるから。

父さん料理上手いからさ、お弁当作って行こう。

母さんのために、スケッチブックと色鉛筆を持っていくよ。忘れないからさ。

ありがとう。母さん。


ありがとう。また会おう、母さん。











  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

母と葉書と植物図鑑 @touka0920

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ