第一夜

「ようこそいらしてくださいました、旅人殿!」


村の人々は、予想以上に私を歓迎してくれた。特にこの村の村長だと名乗った『ソン・チョー』殿は良くしてくれ、住むところから着るものの手配までしてくれるらしい。

豊かに蓄えたソン殿の胸毛に顔を埋めるという歓迎の儀式を経たのち、島総出での宴会が開かれることとなった。


「申し訳ないですよ。自分は漂着してきただけの厄介者ですのに、このような……」

「いーやいーや、固いこと言いなさんな。そもそもここの若者たちは皆宴好きでね。何かのきっかけで宴会がしたいだけなのさ」


だから気にしないではしゃいでください、と言われる。戸惑いながら村内を見渡すと、薄暗くなっていく辺りに比例し、電飾でライトアップされた村内は真昼のように明るかった。

ショッキングピンクのネオンライトが目の奥を焼き、ひたすら彩度の高い明かりが村の、木造の建物たちに巻き付けられていく。


「随分と賑やかですね、この村は」


至る所からラップバトルの声、声を合わせた流行りの歌が聞こえてくる。準備をさっさと終わらせて飲むもの、準備中に飲むもの、準備せず飲むもの。さまざまな人々が一つになって喧騒を起こしていた。


「良い村でしょう」

「ええ、……はい」


ソン殿はしみじみと言い、自分もそれにつられて頷く。

アルコールの匂い、ハブが出たという叫び声、最高潮に沸くフロア、地元料理だという鶏肉の香草焼きの柔らかな食感。


南国に位置するという島は夜も暖かく、風には相変わらず甘い香りが乗っていた。ひとしきり騒ぎ、雑魚寝を始めた村人の寝息が聞こえたかと思えば、未だ元気な村人たちの陽気な踊りがどこかから聞こえてきた。


「どれ、旅人殿も一杯……」

「いえ、私は遠慮しておきましょう」


酒が苦手であるという話をすれば、ソン殿は少し驚いた顔をしたのち、そうですかと顔を緩めた。


「でしたら、ヤシの実ジュースでもいかがですか?」

「よろしいんですか」

「もちろんです!」


和やかな夜は、そうして更けていった。



次に目が覚めた時、私は随分と冷たい洞窟に寝転がっていた。特に何の疑問もなく、起き上がる。冷えた洞窟だった。周囲は暗く、ここがどこかもわからないけれど、洞窟である事は何故か良くわかった。


ぴちょん、ぴちょんと何かが滴り落ちる音がする。

それが水滴でないと私は知っている。何か大きく口を開けた生き物の、うろの中、行き場をなくした獲物の体液がこぼれ落ちる、そういう音だと。


では一体私は今どういう状況なのか。起き上がった時手に触れた地面は生ぬるく、感触だけは岩で、さらに言えばそれ以外は何か、おおきな生き物のようだった。


けれどそれは洞窟であると定義する。ここは洞窟であり、自分は夢を見ているらしい。立ち上がって辺りを見渡すも、目と鼻の先程度しか見えない。兎角進もうと足を一歩踏み出せば、ぺた、ぺた、と足音が響く。


自分は今靴を履いていないらしい。生ぬるい地面が、舌なめずりをするように動いた気がした。


奥に進む。奥に進む。暗い周囲の、もっと暗いところ。すると世界が崩れるような、体の持ち上がるような音がして、目が覚めるのだと直感的に理解する。


目を覚ます直前、私の耳元で「ちがう」と声がしたような、気がした。

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