トロピカル因習アイランドの事件簿
@hayamannbo
再訪
目を覚ますとそこは、暖かく爽やかな海の見える砂浜だった。どこかから甘い匂いが流れてくる。潮騒の音は耳に心地よく、私の心を穏やかにならした。
ここは、と掠れた声が喉から漏れる。
青い空は雲一つなく。どこかのリゾート地みたいだ、という感想と共に、自分はこんなところに来る予定ではなかった、と思考がよぎった。
「ここは……どこだ……?」
服が濡れ、髪が日差しに煽られて乾き、パリパリになっている。つまり先ほどまでどっぷりと海水に浸かっていたと言う訳だ。では何故、と自分に題し、答えが思い浮かばない。
いや、答えどころか、自分の身分や名前すら、思い浮かぶことはなかった。
「私は……誰だ……?」
記憶喪失。
知識の上では知っているらしいそれに、どうやら私は立たされているようだった。
「いや……考えていても、詮無いことだな」
とにかく状況確認だ、と立ち上がる。どうやら私は兎角冷静な人間であったらしい。この性格では角も立つだろう。恨みを買って海に落とされたのかもしれない。
(見た限り穏やかな……島、だろうか。無人島でないことを祈ろう)
近くに船のような影はなく、遠くヤシの木がさわさわと大きな葉を揺らしていた。甘い匂いはあれからしたようだ。くぅと腹が鳴ったので、白い砂をきゅうきゅうと鳴らして歩けば木の根元に辿り着く。そこから見渡せば、また同じようにヤシの実が鳴っていた。
当然のことではあるが、自分にはどうやら、この実をとって食す、という選択ができるほどの技能がないらしい。余程の傾奇者でない限り、このような状況に進んで身を置く、なんて事はしないだろう。
(どうやら、私はどうしても犯人を突き止めたいようだな)
そういう思考の動きを、どこか冷めた目で見つめていた。
さてこれからどうするか。どうやら自分は随分と執念深い人間のようで、自分をこんな目に合わせた相手を許しておきたくはないらしい。
そうやって、足元の砂粒をサラサラと弄んでいれば、どこからか陽気な音楽が聞こえてきた。
ひとつ、ひとよによそものよばれくる
ふたつ、ふたよははなびあげ
みっつ、みつ
「ヘイガイズ! 陰気な顔してどうしたんだい?」
「え。あ、いえ」
スポーツキャップを反対に被り、グラサンをかけた男が、数え歌らしきものが流れるラジカセを肩に話しかけてきた。男は日焼けでだろうか肌が真っ黒で、オーバーサイズの柄物Tシャツを着こなしていた。
急に話しかけられた私は面食らい、戸惑うが、言葉が通じることに安堵する。どうやらここにも人はいるようだ。
「もしかして、行くとこがないのかい」
「ま……あ。そうなりますね」
記憶がなくなる前の自分に居場所があれば申し訳ないのだが、今の自分には頼るところも帰る場所もない。それにショックを受けないところを見ると、やはり記憶をなくす前、自分に居場所があったか疑問なところだ。
曖昧な回答に何を思ったのか、男はHAHAHAと笑った。
「OKOK。心配すんなって。うちの村には大量の空き家があっからな。案内してやるyoo!」
「本当ですか」
先ほどからずっとビートをかき鳴らしているラジカセにノり、男はバンバンと肩を組んでくる。
「おう! 兄ちゃんイカした格好してっからな!」
「格好……ああそういえば、皆さんと少し違いますね」
自分はどうやら古い文化を好む人間だったらしい。深い緑色をした羽織と若草色の着物が視界に入る。
どうやら上質な生地だったらしいそれは海水ですっかりと萎びていて、新調するしかない状態となっていた。
「これでは生活できるかどうか……」
「村に行きゃ適当に服もあるっしょ」
「そのようなものでしょうか?」
しかし自分には記憶がない。おとなしく、この少し強引な若者に着いていくことにした。
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