第4話

「じゃあ掘るぞ。少し離れていてくれ」

私は言われるがまま、少し離れた。

土が飛んでくるからだ。

坂口は私が思っていた以上の勢いで、埋められた穴を掘り始めた。

坂口は高身長な上に、レスリングでオリンピックの日本代表に選ばれる手前までいった男だ。

代表は惜しくも逃したが、今でもレスリングは続けていると最後にあった時に言っていた。

あの小柄で痩せていてみすぼらしい男とはまるで違う。

おまけに坂口が掘っているのは、硬い山の土ではなくて、一度掘って埋められたばかりの土なのだ。

土の硬さも雲泥の差だ。

そう言ったわけで、数度男が山を掘っているところを見たが、坂口のペースはその数倍どころか、数十倍も速いように思えた。

事実、速いのだろう。

あの男がこの穴を掘るのにどれだけの時間をかけたのかは知らないが、坂口はそれをあっという間に掘り返してしまうだろう。

見ていると坂口の身体が面白いようにどんどん穴の中に入っていく。

ひざ上、腰、そして今は肩から上しか見えなくなっていた。

見ているとやがて坂口の身体が見えなくなった。

大きめのシャベルの先と土だけが穴の上に出てくる。

もう少しだな。

私がそう思った時、坂口の動きが止まった。

「こりゃあ」

坂口が大きな声を出した。

私は駆け寄り、穴の中を覗き込んだ

。人の服の一部。

穴の中央付近に見えたものは、それだった。

しかも穴を掘っていた男が来ていたものと、同じ服だ。

坂口が小さく何事かをぶつぶつとつぶやきながら、服のまわりの土を手ではらいのける。

私には坂口が、それをとても慎重にやっているように見えた。

しばらく土を払いのけていると、出てきた。

人の顔。

坂口がその顔の鼻や口のあたりに手をかざした。

そしてぽつり。

「死んでる」


それからは少し慌ただしかった。

坂口が穴から出て、二人で携帯がつながる場所へと移動した。

そして坂口が応援を呼んだ。

「悪いな。松木もすぐには帰れないぞ」

それはそうだろう。

私はこの死体発見の情報提供者となるのだから。

応援が来て、坂口が案内した。

私はそのまま車で待たされた。

死体を発見したのはお昼前だったのに、坂口が帰ってきた時はもう夕方になっていた。

死体はもう署に運ばれたの事だ。

坂口の提案で、私が死体を見ないようにしたようだ。

それから坂口と二人で警察署に行き、生まれて初めて事情徴収と言うやつをうけた。

相手は坂口だったので、それもとどこおりなく終わり、夜には家に帰ることができた。

腹が減っていた。

早朝以降、何も食べていなかったのだから。

たらふく食って風呂に入り、泥のように寝た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る