第2話

私は気配を消してゆっくりと近づいたのだが、その必要はなかった。

穴の中からシャベルの先端が出てきて、少なめの土を出している。

男の身体は完全に穴の中に入っており、穴の深さは男の身長よりも深いようだ。

男から私の姿は見えないはずだが、静かに様子をうかがう。

シャベルの先端と出てくる土を見ていたのだが、毎回出てくる土の量が少なすぎるような気がした。

おそらく山の土の硬さに、体力や腕力のない男が苦労をしているのだろうが、それにしても時間がかかりすぎている。

なにせ私が最初に男を見た時から、二か月は経っているのだから。

男がそれほどの時間穴を掘っているのか、どれほどの頻度でここに来ているのかは知らないが、私がここ三回山に入った時にはいつも男がいて穴を掘っているのだから。

おそらくかなりの時間をかけて、男は穴を掘っているのだろうと思えた。

そのまま見ていたが、なんだかの進展はすぐにはなさそうだ。

私は大きな音をたてないことだけに気をつけて、その場を離れた。


いつものように少し間を開けて、山に入る。

山菜取りだ。

いつものルート、そして穴掘りの音が聞こえてきたところを通る。

しかし今日は、穴掘りの音は全く聞こえてこなかった。

男が穴を掘っていた場所に行くと、男の姿はなく、穴もなくなっていた。

男が近くにいないことを確かめて、穴のあった場所に近づく。

畳一畳よりも少しだけ大きな長方形が、そこにあった。

土の色、触った感触。

ここは男が掘っていた穴であり、それが今は完全に埋められているのだ。

――あいつ、いったいなにを埋めたんだ。

穴を掘って、その穴をただ埋めるだけの人間はいない。

そうなれば、ここになにかを埋めたと考えるのが自然だ。

死体ではないとは思うが、死体でなければなんだかの不法投棄か。

掘ってみることも考えたが、穴の深さがそれなりにあるのは知っているし、持っている物と言えば、山菜取り用の小さなスコップ一つだ。

これではいくら何でも効率が悪すぎる。

それにもしこの穴になんだかの事件性があるのだとしたら、素人が勝手に掘っていいものではないだろう。

しばらく考えたが、これと言って思い浮かばず、わたしはそのまま山菜取りにと足を進めた。


少しもやもやした日々が続く。

あの男はなんなのか。

あの穴にはいったいなにが埋められていると言うのか。

いっこうに回らない頭で考えていると、ふと思い出した。

幼なじみの男。

かつてはよく会っていたが、ここ数年は一度も連絡を取り合っていない。

かといって不仲になったわけでもないのだ。

なんとなく疎遠になっていただけなのだ。

その男、坂口。

坂口の仕事は刑事なのだから。

なぜ何日も坂口のことを思い出さなかったのだろう。

思い出したなら話は早い。さっそく連絡を入れた。

「おお、松木か。久しぶりだな。何年ぶりだ。どうした。何かあったのか。それとも飯でも食おうって話か」

「飯もいいけど。ちょっと相談したことがあって」

「相談したいこと。なんだそりゃあ」

私はこれまでのことを、順を追って全て詳しく話した。

男のこと。

穴のこと。

全て話し終えると、坂口は電話のむこうで、うーーんと言った後、黙り込んでしまった。

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