第二話 完成! トロピカル因習アイランド!

 トロピカル因習アイランドの設計については、私と祖父の二人が中心になりつつ、役場に努める父、西治イリハルを窓口に島役場観光課の面々、及び祖父の友人知人を巻き込んで進められていった。

 最初に二人で相談したのは、どの因習(もう別に風習と呼ばなくていいかと諦めた)を目玉にするか、である。

 うちの島には因習と呼べそうな伝統行事が多く存在する。それもこれも島自体がそこそこに広く、山がちな地形により集落が分断されてそれぞれで微妙に違う伝統が育まれたためである。これ自体はいいことなのだが、観光として売り出していく場合全てを等価に紹介すると印象が散漫になってしまう可能性がある。故にどれか一つ「これだ!」という因習を大きくアピールしたいところであった。


「秋徳の『ネェンケ』、多田の『ムチモレ』、井戸沢の『ハマウリ』、尾野の『イーサンサン』とかまあ、色々あるけど」

 因果島の由来は一説には「稲が島」の訛りだと言われている。昭和30年代の減反政策によりサトウキビへの転作が進んだ結果、今では水田が少なくなってしまっているが、古来より稲作の盛んな島であったことは間違いない。そのため、豊作を祈る・豊穣に感謝する、と言った稲作儀礼が数多く残っている。私が挙げた中では『ネェンケ』以外の三つがその性質を持っており、集落全体で田んぼ仕事を行う関係上、これらの行事が大掛かりになりやすい。ので、目玉として取り上げるにはちょうど良いかと思ったのだが。


「いや、ここは『トウテェグヮマセ』がいいだろう」

 祖父が推したのは、私たちの住む化戸けどで行われる儀礼であった。

「なんで『トウテェグヮマセ』? あれマジでよく分からんやつじゃん」

 私が反論すると、祖父は「分かってねえなぁ」と溜息を吐き、スマホを操作した。

「ほれ、お前のバズについた引用ツイたちをちゃんと見ろよ。本土の人間やまとんちゅが因習についてどう思ってるか書いてあるぜ」

「爺ちゃんの口から『引用ツイ』って言葉が出るとは思わなかったな」

 この爺さん、こんなにITに強かったか? しばらく帰省していない間に随分変わったものだ。


 ともあれ、差し出された画面を見る。そこには「マジホラーじゃんwww」「理解不能でビビるわ」「おどろおどろしくて良い」「これぞ因習」「どういう行事?」などと興味と恐怖がないまぜになった反応が多く見られた。

「見て分かると思うが、皆『因習』って言葉に、『ホラー要素』『不可解さ』を期待してんだよ。それで言うと、『ネェンケ』は明るすぎるし、他のは由来がはっきりしすぎてる」

 ……なるほど、祖父のいう事にも一理ある。

 先ほど挙げた『ネェンケ』は「水掛け」の意味であり、健康祈願として住民皆で互いに水をかけあう祭りである。夏の真昼間に太陽の下で行われ、誰彼構わず水をぶっかける無礼講的な行事で、因習と言うには爽やかに過ぎる。『ムチモレ』『ハマウリ』『イーサンサン』はどの行事も開催時期や儀礼中に歌われる島唄の歌詞から稲作行事であることがはっきりしており、また祝いの行事であるため明るく騒がしい雰囲気があり、不可解さやおどろどろしさが少ないことは否めない。

 その点で言えば『トウテェグヮマセ』は確かに「因習」に相応しい仄暗さがある。何しろ名前の由来すら分かっていない。


 ここで件の『トウテェグヮマセ』がどのような儀礼であるか解説しておこう。

 まず開催日の夜になると、化戸の住人は殿地とぅんちと呼ばれる我が家の庭先に集合する。その際、衣装は真っ白な無地の法被で揃える。ある程度人が集まったら先導者が松明を掲げ、歌いながら行進を開始するのだが、その際の歌は他の儀礼で見られるような明るい印象ではなく、どちらかと言えば読経や祝詞にも似た厳かな感じだ。そのまま化戸の集落を粛々と横切り、小高い丘を登って頂上にある『トウテェヌグシク』と呼ばれる開けた場所まで向かう。

 『トウテェヌグシク』は、いわゆる拝所うがんしゅと呼ばれる儀礼の場だ。ぐしくの名を冠する通り、古代この一帯を支配した按司あじ(豪族の意)の屋敷だったとも言われているが、詳しいことははっきりとしない。今残っているのはイビ石という獣のような模様を刻まれた石碑と、その前にある『カンアシャゲ』と呼ばれる開けた空間だけだ。

 イビ石の前に設けてある篝火台に火を灯すと、人々は自宅で作った餅や料理などを捧げて拝み、やがて一人を囲んで輪になって歌い踊る。歌われるのは行進の時と同じ歌だ。普段、島の踊りはゆっくりとしたテンポから始まり、徐々にテンポが速くなってめちゃくちゃになって終わるいかにも南国風のものだが、『トウテェグヮマセ』の時だけは例外で、終始ゆっくり、厳かに歌われる。

 一通り歌い終わったら最後に先導者が祈りの文言を唱えて終わり、その後は捧げた食べ物で宴会が始まる、というのが一連の儀式の流れだ。


「な? 因習に相応しいだろ?」

 祖父の言葉に私は首肯した。なるほど、確かに古代祭祀めいた香りがして良いかもしれない。

 近年では参加者の減少もあり、篝火をライトで代用したり、料理も市販品の餅で済ませるなど簡略化が進んでいたが、きちんと儀礼を行えばかなり雰囲気があるものになるだろう。

 太陽の輝く南国の夜に行われる、不可解で陰気な儀式。これはかなり映えそうだ。

「よしじゃあ目玉は『トウテェグヮマセ』で決定な。今から頑張れば開催までに間に合うだろ。観光客も巻き込んで、盛大にやろうぜ」

 祖父が張り切るのを見て、こりゃ大変なことになるぞと私は苦笑いした。


 そこからは、倒れる暇もないほどに目まぐるしい日々の連続だった。

 関係各所と協議を重ねる傍ら、大学院で身に着けた民俗学の知識を請われた私は、各因習の解説を書くため役場の社会教育課郷土資料館の面々と共に、日々調査に尽力した。

 特に目玉である『トウテェグヮマセ』の調査には力を入れた。不可解さを魅せると言っても雰囲気づくりのためには念入りな下調べが肝要だ。一人の民俗学徒として楽しくはあったものの激務には違いなく、東京でプログラミングしていた方が楽だったのではないかと思えるほどだった。


「……いやマジできっついんだけど!」

 目を皿のようにしながら古文書を読んでいた私が音を上げると、祖父は「だらしねえなぁ」と呆れた目をした。

「ちゃんと食わないからだ。ほれ、お前の母さんが作ったあんばそーめんあるから喰え。鶏飯けいはんもあるぞ」

「腹減ってないんだけど……」

「気付いてないだけだ、とりあえず喰え。ちゃんといただきますぐっそぉなりょおろって言えよ」

いただきますぐっそぉなりょおろ……」

 言われた通りもそもそと素麺を食べ始める。すると、食べ始めるにつれて逆に空腹感が増していった。箸が止まらない。

「腹が減りすぎると自分が空腹なことにも気づかなくなるからな。少し食べ始めると体がそれに気付く。たんと喰え、たんと」

 茶碗大盛りの鶏飯けいはんを差し出され、がつがつと食べる。いくらでも食べられそうな気がしたが、しかし思ったより早く満腹になってしまった。

「昔はもっと食えた気がしたんだけど、年かな」

「ジジイの前で何をほざきやがる。しばらくちゃんと飯食ってなかったから胃が縮んだんだろ。もうちょいゆっくり喰えば胃も広がって、もっと食える」

 そういう祖父の方はと言うと大食い選手権に出られるんじゃないかと思うほど山盛りの飯をぺろりと平らげていた。ほんとに元気なジジイだな。

「で、西也イリヤ。調べ物は順調か」

 祖父の問いに、休憩と自身の整理も兼ねて、改めて資料に目を通しながら解説を始めた。


 まず、『トウテェグヮマセ』という儀礼において、『トウテェ』という存在が非常に大きいことに間違いはない。儀礼の場である『トウテェヌグシク』は『トウテェの城』という意味であるし、『トウテェグヮマセ』も『トウテェ噛ませ』……つまり『トウテェ』に食わせる、という意味だと推察される。歌の内容も──大分古い方言シマグチのため正確とは言えないが──「捧げます」「お納めください」というものが見て取れる。『トウテェグヮマセ』は『トウテェ』に捧げものをする儀礼であることは疑う余地もないだろう。

 だが、その『トウテェ』がいかなる存在なのかさっぱり分からない。

 この化戸集落を支配していたであろうことは間違いないものの、果たしてそれが豪族である按司あじとしてなのか、それとももっと神格的な存在なのかが断定できないのだ。

 儀礼の厳粛さを思えば神事のような気もするが、しかし既存のどの神にも似ていない。この島では神を「ガナシ」と尊称する風土がある。太陽ならティダガナシ、稲の神はイネガナシ、祖霊はウヤホウガナシ……といった具合にだ。『トウテェ』にはそれがなく、そもそも『トウテェ』に対応する標準語がない。

 では按司あじであったのかというとそれにも疑問符が付く。豪族であったなら、琉球王国や本土の古文書にもう少し記載があっても良いはずだからだ。事実、他地域の按司あじは古文書や島の伝説に名が残っている。それに、人名だと言うなら漢字表記が見当たらないのも気になるところだ。他の按司あじ(有名どころで言うと大七という人が居る)の名は漢字で残されているというのに。


「──ってな感じで『トウテェ』に関してはほぼ見当もつかないって感じ。一応、これにそれっぽい記述があるんだけど」

 資料館から持ち帰った古文書のコピーをとんとんと叩きながら答えると祖父は

「いいじゃねえか、謎の存在に捧げものをする儀式。因習っぽくて」

 などとコチラの気も知らずに言い放った。

「……その捧げものの意味もよく分かんないけどね」

「お前が前に言ってた豊穣祈願じゃないのか?」

「うーん、それにしては……」

 どうも、辛気臭い。

 他の豊穣祈願の祭事は明るく騒がしいのに、これは厳粛すぎる。

 まるで何かに怯えているようだ、というのは私の所感だが。

「ま、なんだっていいさ。『トウテェ』の正体なんて。それよりトロピカル因習アイランド計画自体はどうなんだ」

「まあ順調だよ。役場の企画課もようやってくれてるし、雰囲気は出ると思う。ただ、因習村って感じを出すにはやっぱこの島デカすぎるんだよなー。もう少し閉鎖的な空気が欲しいところだけど」

「なんなら削るか、この島を」

「無茶を言うなよ」

「こう、ばくっとだな」

「どういう擬音? 食う気なの?」

 まあその辺は上手くやるよと言いつつ、私はまた古文書に目を向ける。観光計画の上では別に『トウテェ』は正体不明でもいいが、やはり学問を志した身としては気になるものだ。

「そんなにさっぱりか」

 むむむ、と唸る私だが、一応仮説らしきものはありはする。

「……俺としてはもしかすると中国辺りから流入した概念じゃないかと考えてるんだけど」

「そりゃまたどうして」

「うちの島は続日本紀で遣唐使の中継地点になってたと書かれてたことから、古来から大陸と交流があると分かってる。『カンムィ焼』っていう、大陸風の陶器も発掘されてるしね。どうも響きが和風や琉球風じゃないように思って、それなら中国かなって」

 それに、と私は手元に目を落とす。

 ここに書かれているトウテェの記述を見た時に、何故かふと中国が思い浮かんだのだ。


 曰く、「稲の島を支配するトウテェ、それは獣の相を持ち、狼の如く貪食である」と。






 トウテェの調査は難航したもののトロピカル因習アイランド計画自体は順調に進み、数か月後。

 ついに我が島は「トロピカル因習アイランドツアー」の開催日を迎えた。

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