作ろう! トロピカル因習アイランド!!
志波 煌汰
第一話 トロピカル因習アイランドってなんだよ
「トロピカル因習アイランド、作ろうぜ」
「なんて?」
団子を食らう祖父の口からみょうちきりんなワードが飛び出したので、私はこのクソジジイついにボケやがったかと身構えた。
いくら元気とはいえ、御年80を超え、米寿の祝いも間近な爺である。いつこうなる日が来てもおかしくはないと、まあ覚悟はしていた。実際前に倒れた時はもう駄目かと思ったし、そこから完全回復を果たしたことが奇跡なのだ。奇跡はそう何度も起こるものではない。
しかし体が元気でボケたジジイって一番介護大変なやつだよな。どうしようかな。
そんな私の思案も知らず、祖父は話を続ける。
「トロピカル因習アイランドだよ、トロピカル因習アイランド」
「まずそのトロピカル因習アイランドが何か分かんないんだけど」
ボケるにしてももう少しましなボケ方はなかったのか。なんだよトロピカル因習アイランドって。
祖父は「察しの悪い孫だなぁ。何のために大学行ったんだ」と毒を吐き、団子をもごもごと咀嚼した。
「ほら、あれだろ? 最近なんか流行ってんだろ、因習が」
「どこの流行りだよ」
流行るようなもんじゃねえだろ、因習。廃れろよ。
「なんかあるらしいじゃねえか、幸田露伴だか仲間由紀恵と阿部寛だか、あとなんだっけ、諸星ダンだっけ? そいつらを因習のある村に向かわせてひと騒動起こさせるっていうそういう流行が」
「大分記憶が曖昧だな?」
岸部露伴に、TRICKに、諸星は大二郎で「妖怪ハンター」だろうか。確かにまあ、そういった面々を奇妙な風習のある土地に行かせてどうこうというインターネットのミームは、ないわけではない。しかしどこでそんなの知ったんだよお爺ちゃん。
「そりゃおめえ、インターネットに決まってるだろうが。ほれ見ろ、このツイートを」
そういうと祖父は慣れた手つきでスマホを操作し、因習ネタで盛り上がるTwitterを見せてくれた。祖父のタイムラインが因習ネタで盛り上がってるの、嫌すぎる。
「まあそういうわけでだ、都会の人間は因習に興味津々だろ? だからトロピカル因習アイランドを作ったら、いい観光材料にならねえかな、と思ってな」
「はあ……しかし、因習に人を引き付ける力そこまであるもんかね?」
「何言ってんだ、お前がこないだ地元の風習を撮った写真も『ガチの因習村だ……』って地味にバズってたじゃねえか」
「おい待てクソジジイ、俺のアカウント知ってんのかよ!?」
インターネットを子供と老人に持たせるとろくなことにならんな!!! 大人しく楽々ケータイでも渡しとくんだったわ!!!
私が必死にスマホを奪い取ろうとするのをひょいひょいと躱しつつ(なんて元気なジジイだ)祖父はインターネットの反応を読み上げる。『マジの因習村じゃん』『日本にもまだこんなとこ残ってたんだ』『すごい興味ある』『行ってみたいな』などなど、まあ好意的なものがほとんどだ。
「まあそういうわけでだ、せっかく天然の因習島なんだ。生かさないと損だろうが」
「地元を因習島とか言うなよ……」
息を切らしながら反論するが、実際因習島と言われても仕方ないところがある。
私の地元であるここ、
それらの風習は、なるほど外部から見れば「因習」という呼び名に相応しい奇異なものに映るのは間違いない。大掛かりなものも多く、やる側としてはなかなか負担でもあるのだが、それでいながらここまで途絶えず続いているのだから、因習島呼ばわりも詮無きかな、である。
しかし因習、因習かあ。割とネガティブな意味を含む言葉なんだよな。出来れば風習と言ってもらいたいんだが。
「いいんだよ、風習だろうが因習だろうが。それで興味を引けるなら因習呼ばわり万歳だろうが」
私の渋い顔を尻目に、団子をお代わりしながら祖父は言い放つ。
「とにかく、人を呼びたいんだよ。この島に。お前も分かるだろう?」
「まあ……」
祖父の言うことも、分からなくはない。
曲がりなりにも南の島であるこの島はかつて観光地としてそれなりに栄えていた、らしい。沖縄の本土返還前の話だから、50年以上も前の話だ。私どころか父ですら子供の時分である。沖縄本島よりいち早くアメリカの占領から日本に復帰したこの島は、パスポートなしで行ける最南端として非常に多くの観光客が訪れた。島は彼らを大いに歓迎し、ビーチが整備され、ホテルやキャバレー、スナックが乱立した。最盛期はもう、凄いものだったと聞く。
しかし、その隆盛も沖縄が本土に返還されるまでのことだ。
元々観光地としての価値が「日本の最南端の島」というところに依拠していたのである。沖縄が返還されたらその立ち位置はそのままスライドした。そうなると、後に残るのは交通の便が悪い辺鄙な田舎だけである。あっと言う間に客は流れ、観光需要は減少し、観光業は大きな打撃を受けた。
今ではかつての目抜き通りはシャッター商店街と化し、建設予定だった大型ホテルは廃墟となって心霊スポット化、スナックは数を減らしつつも島民たちが一晩に何軒も梯子することで細々と経営を続けている、静かでうら寂しい常夏の島になってしまったのだ。
「この島は寂れていく一方だ。進学や就職のために島を出た若者のほとんどは戻ってこない。当たり前だな、こんな映画館もマクドナルドも、大した仕事だってない島にわざわざ帰ってきたいものはそう居らんだろう。仕方のないことだ」
祖父は寂しそうにお茶を啜る。
「だからな、観光客を引きつけるものが何か欲しいんだ。観光客が見込めるなら、観光業も活気づく。そしたら仕事も増えて、若者も帰って来易くなるだろう? 島外からの移住者だってもっと増えるかもしれない。そういう、夢を見たいんだよ」
「……」
「そこで、トロピカル因習アイランドだよ」
「だからってトロピカル因習アイランドになるか!?」
どういう発想だよ。
「じゃあ他に何かいい案あんのか!?」
逆ギレされた。しかしそう言われると何も思いつかないものである。私の反論がないのを見て、祖父はにやりと笑う。
「そういうわけだから、お前も協力しろ。トロピカル因習アイランド作りにな」
「俺が!?」
「いいじゃねえか、どうせやることないんだろうが。お前がせっかく大学で勉強してきたことを生かすチャンスだろうが」
そう言われるとぐうの音も出ない。
自己紹介が遅れたが、私の名は
そして私の眼前で団子を食べているのは祖父の
そんな権力者に、いくら可愛い孫とは言え無職でひ弱な若造が勝てるはずもない。
「よしじゃあ決まりな、お前『トロピカル因習アイランド』の設定とかコンセプトを考える責任者になれ。話はこっちで通しておくから」
こうして私は、「トロピカル因習アイランド作り」というトンチキな仕事に関わることになったのである。
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