第2話 かつて好きだった人がスライムもどきに変貌する夢
夢の中で、私は夜道をリュックサックを背負いながら歩いている。
暗い夜の底で、真新しいアスファルトからは油の臭気が立ち昇っている。
街灯はまばらで、その頼りない明りに蛾や羽虫が群がっているのも見える。
疲れたので、ちょっと休憩しようかな、と思い、誰も人がいないバス停の停留所に備え付けられたうらぶれたベンチに私は腰かける。
そして背負っていたリュック……それなりに膨らんでいる荷物を自分の隣の空きスペースに置いて、その中身に向かってそっと声をかける。
「今なら誰もいないから大丈夫だよ」
袋をあけると、そこには青と白の二色に染め上げられた透明な石が沢山入っている。
と、その石たちがかたかた、と震えたと思うと、汗ばむように水分を出し始め、やがて溶解し……ゼリー状になる。ゼリー否、どろどろの水色のスライムはぷるぷる震えながら荷物から飛び出して、やがて着衣をした一人の青年に姿を変える。
彼はきょろきょろとあたりを見回して、私に視線を合わせ、ため息をつく。
「まだ着いていないの? 新しい家に」
青年……というか、私がかつて好きだった人(仮に光太郎、とする)は、私に向かって口を尖らせる。
「この姿は疲れるから、ぎりぎりまで石でいたいのに」
と、ブーブー文句を言われる。
私だって、石になった貴方を背負ってここまで来るのはめちゃくちゃしんどかったんですけど! と、思う。
思うが、言えない。
なぜか。
好きだから。
好きすぎて、嫌われるのが怖くて、ご機嫌を損ねるのが怖くて、だから私は、彼に文句をつけることが出来ない。
それが、健全な関係でないことはわかっている。
自分の言い分を彼にきちんと伝えた方がいいということも。
でも、私は彼に心理的に依存していて、それを伝えることで関係に綻びが出ることを恐れてばかりいる。
光太郎は「まだ新しい家についていないならスライムか石の姿に戻る」
と、言う。
私は「一人ぼっちで夜道を歩くのは怖いし、つまんないよ。一緒に歩いてよ。お願い」
と懇願するが、「やだ、めんどい」と、一言残して、光太郎はあっという間にでろでろとしたスライムになり、リュックの中に収まってしまう。そして、蒸気のようなものがシューッと吹き出して、また、青と白の二色の透明な石の欠片たちに戻ってしまう。
……寂しい。
いつからこうなっただろう。最初は光太郎から私のことを好きって言ってくれたのにな。
人間じゃなくなっても、私は、ずっと彼のことが好きだ。
でも、彼は私に甘えることはあっても、好きだと表現してくれることはほとんどなくなった。
私はまるで良くない意味で、彼のお母さんみたいだ。
そう思って夜空を見上げると、星が沢山またたいている。
「星がきれいだよ。一緒に見ない?」
光太郎。
そう囁くが、青と白の石のかけらたちに変貌した光太郎は、からん、とも音をたてない。
寂しい。こんなに近くいるのに。
一緒に共有できるものが、ない。
そんな私の目の前を流れ星がすぅっと通り過ぎる。私は光太郎が人間に戻れますように。そして、私のことをまた愛してくれたら……と祈っていた。
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