第二章
第12話 配属一日目
配属一日目の和季は、緊張していた。
「こちらは、白瀬さん。しばらくの間は、彼女について業務を行ってもらいます」
この春、大学を卒業したばかりの和季が配属されたばかりの生き返り課。その課長である松下が、穏やかそうな笑みを浮かべながら隣に立つ女性を紹介する。紹介された白瀬は、和季をじっくりと観察するように目線を上から下まで動かした。目が合わせづらくて首から掛けられた名札あたりに視線を合わせてしまう。名札には
「よ、よろしくお願いします!」
ぺこりと頭を下げる。言葉に詰まらないで言いたかったが無理だった。しっかりしようと思っても、こういう状況ではどうしてもおろおろしてしまう。どっしりと構えているなんて、和季には無理な話だ。小学生の頃、クラス替えの自己紹介のときですら頭が真っ白になって何も言えなかった。それは今でも変わらない。
「白瀬さん。こちらは新しく入った萩本君です。お願いしますね」
「よろしくね」
和季は下げていた頭を上げて、これからお世話になる女性の顔を見た。なんだか意志が強そうな顔をしている。歳は二十代後半くらいだろうか。若いがベテランといった空気を醸し出している。
なんでも聞くといいと言われても、松下の方が和季のような性格の人間には話しやすそうなので、出来れば彼に頼りたくなってしまう。松下は口調も穏やかで、なんとなく安心も出来そうな雰囲気だ。白瀬はといえば、第一印象ではあまり学生時代に関わってこなかったタイプに見える。気後れして話し掛けたり出来ないタイプと言った方がいいかもしれない。
「大丈夫。白瀬さんは仕事が出来る人だから安心していいよ」
松下がにっこりと笑う。
確かに仕事は出来そうだ。だからこそ気が引けてしまう。どうにも小さな頃から人見知りが激しくて、初めて会う人は苦手だと思ってしまうことが多い。自分と性格がかけ離れていそうな人だと尚更だ。
「新人の面倒を見るのはあまり得意ではないんですけどね」
白瀬が苦笑する。余計に不安になる。
「ええと、そこが萩本君の机ね」
松下がパソコンだけが上に置かれて、後は何もない席を指した。職員室の先生の机を思い出す。
「席は白瀬さんの隣だから、わからないことあればすぐに聞けるからね」
「はい」
生き返り課は小さな部署だ。こぢんまりとした部屋の中に机が五つ。課長である松下の机が一つ離れて置いてあり、後の四つはぴったりとくっつけて四角形になるように置かれている。向かい合った机に座るのは若そうな女の子だ。そして、その隣にはさっきから和季のことを一度も見ない男性が座っている。
「課長!」
唐突に、かわいい系のアニメキャラっぽい声が上がる。
「ん?」
ゆっくりとした動作で松下が振り向く。
「私たちの紹介は無しですか!?」
「ああ、白瀬さんだけ紹介してもしょうがないよね。うん、ごめんごめん」
「ひどいですよ~。ずっと待ってたのに!」
女の子がぷっくりと頬を膨らます。リスみたいだ。
部屋に入った途端に課長である松下に自己紹介され、そのまま白瀬との挨拶、アルバイトの初日なんかでも特に自己紹介などしないからそんなものかと思っていたところだった。だが、この人数の少ない部署では不自然に違いない。
女の子が立ち上がって、こっちに歩いてくる。
「
ひよりがにかっと笑う。
「ぴちぴちとか死語じゃん! とか返していいんだよ~」
などと答えを返す前にセルフツッコミをしていて、返答に困る。そんな和季の反応は気にされていないようで、ひよりはくるりと後ろを向く。
「霧島さんは、挨拶しないんですか? これから一緒にやる仲間ですよ~」
ひよりに言われて、男性は席に座ったまま和季の方を向く。
「霧島です。よろしく」
「よ、よろしくお願いします」
霧島は再びやっていたらしい作業に戻る。なんだか、とっつきにくそうだ。
「わからないことあったら聞いてくださいね。白瀬さんの方が頼りになると思いますが」
でへへと笑って、ひよりが席に戻っていく。
「そんなことないよ。安原さんもよくやってるから」
フォローなのか松下の言葉に、そんなそんなとひよりが照れている。
「今日からは萩本君を合わせてこの五人で生き返り課のメンバーだね」
松下がうんうんと頷く。
全員が名札を首から下げていてくれるのはとてもありがたい。名前を呼ぶときにど忘れして困ることは無さそうだ。
「当面は白瀬さんについて現場に行ってもらうことになるから、心配しなくてもいいよ」
安心させるように松下が言ってくれるが、
「あの、僕、生き返りに会ったことがないのですが……。大丈夫でしょうか」
不安を口にせずにはいられなかった。
「そうだね。普通に生きてると、そういう人の方が多いよね。けど、生き返りだからといって普通の人と違うなんてことはないから安心して大丈夫だよ」
「そう、なんですか」
口で説明されても、見てみないことにはわからない。わかってはいたが、言われただけでは不安は拭えなかった。
「不安なら、そこにファイルがあるから後で見てごらん。どんな事例があったか記録されているんだ。テレビとかニュースでは触れたことあるだろうけど、実際に会ったことがないとわからないよね」
松下が示した先には、ファイルがずらりと並べられた棚がある。地震でもあって倒れてきたらかなり重そうだ。
ただ、過去のことを知っておけば、どんなことをすればいいのかわかるから少しは安心かもしれない。
「棚に返すときは順番通りにお願いね。一度違うところに返してしまうと探すのが大変になっちゃうから」
「わかりました」
小さな事でも、指示してもらえるのはほっとする。
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