第11話 『彼女』は眠り続ける
再び見ることになった由梨は、すでに死者へと還っていた。
その顔は穏やかだった。
由梨は大切な人たちに囲まれていた。最期の時を過ごすことを選んだ場所は、二人で暮らすことになっていた新居だった。新築の小さなアパートの一室だ。
二次会は深夜にまで続いていたそうだ。その後、親しい人たちだけでアパートへと向かった。和季に電話を掛けてきた両親が教えてくれた。
生き返りが起きた人が死体に戻った場合、もう一度病院で死亡を確認することになっている。救急車ではなく専用の車両を使用するので、手続きは生き返り課の職員が行うことになっていた。その為に、連絡をしてもらう必要がある。後は通常、人が死亡した場合の流れになる。
家族は車両に乗ってもいいことになっている。救急車のように一人だけという縛りもない。くしゃくしゃの顔をした由梨の両親が、担架に載せられた由梨を見つめている。
彼女はもう、目を覚まさない。
この三日間が夢だったように。
由梨の母親が、和季に小さく目礼をして乗り込んでいった。
サイレンも鳴らさずに、静かに早朝の町を走っていく黒いワンボックスカーを和季は一人、見送った。
* * *
休日、和季は電車とバスを乗り継いで、いつも通っている場所へと向かった。
生き返りを見送ってすっきりすることなど無い。そのうち慣れる、などという言葉も聞いた。だが、何度繰り返しても慣れることは無い。慣れてはいけないのだとも思う。人の死に。
自動ドアが開いた。最近も嗅いだばかりの臭いが和季を包む。病院特有の、この臭いにも慣れることは無い。自分が入院でもしていれば別なのだろうか。日常の臭いになるのだろうか。
そんなことはきっと無い。
もはや見慣れた廊下を、和季は歩く。
一応ノックをしてから病室に入る。返事は無い。
『彼女』は前に来た時と全く同じようにベッドに横たわっていた。この部屋にはふんわりと漂う食事の後の匂いはない。あるのは無機質な消毒の臭いだけだ。
ベッドの横に置かれた丸椅子に腰掛ける。
「また一人、見送ってきました」
ベッドの上の『彼女』に、和季は小さく語りかける。
ドアの向こうからは、ぱたぱたとせわしい足音。
部屋の中には、静寂。
空調の微かな音と、ベッドに横たわった『彼女』の、静かに規則的に響く呼吸音。
「幸せそうでした。なんだか、僕よりも……。変ですね」
返事は無い。
「起きてください」
無理を言っている、
そんなの、奇跡でも起きない限り無理だ。
「渡したいものもあるんです。きっと、喜んでくれるはずです」
嗚咽のようなこの声は、『彼女』に届いているのだろうか。
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