第10話 結婚式の日

 別れるときまで、汰一は無言だった。それでも、あれから話を遮らなかったところを見ると、彼女の意見を尊重したいと心の底では思っているのかもしれない。好意的な解釈をしようとするならば、人が良さそうな由梨が選んだ人なのだから、きっと悪い人では無いはずなのだ。

 生き返りというのも、幸せなことばかりでは無い。生き返った為に、さらに周りの人間とぶつかってしまうこともあり得る。遺産のことで揉めたり、知らなくてもいいことを知ってしまったりすることもある。だから、今二人が幸せに過ごしてくれているのなら、和季の仕事は報われている。

 一度息を吐いてから、職場のパソコンに向き直る。職場に戻ってきてから和季は、海での散骨について調べていた。あまり知識が無かったので本当に出来るのか不安だったが、一部自治体以外では特に禁止されてはいないようだ。個人で実行するにはハードルが高いようだが、業者に頼めば比較的簡単に実現しそうだ。

 後は、汰一と両親が納得してくれれば大丈夫というところだろう。


   

   *  *  *

   


「萩本さん!」


 結婚式場のロビーで、由梨がぱたぱたと手を振っている。もはや結婚式の後だとは思えないラフな格好だった。すでにメイクを落としてパーカーとジーンズ姿になっている。由梨の表情は幸せな充足感に包まれている。


「もう少し早く来てもらえれば、ドレス姿もお見せできたんですが」

「それは残念です」


 逆にこの時間に来たのは、さすがに結婚式の最中は邪魔をしないでおこうとした結果だった。


「本日は、おめでとうございます」

「ありがごうとざいます」


 由梨がはにかんだ笑顔を浮かべる。


「ええと、これから二次会で時間があまりなくて。二次会は元々ない予定だったんですが、みんなで集まることになりました。友達と親戚が同席する二次会ってすごくないですか」

「それはすごいですね」

「あ、それで、散骨の話は大丈夫でしょうか」

「はい、可能です。後は、ご家族が納得さえして頂ければ」

「両親は大丈夫でした。汰一君も、なんとか納得してくれました」

「よかったです」


 幸せな結婚式の日にこんな話はしたくないに決まっている。それでも、時間は迫っている。


「こちらが、資料です。ご家族が納得されているなら手続きは難しくはありませんので、ご安心ください」


 持っていた封筒を由梨に差し出す。


「ありがとうございます。昨日の今日で、萩本さんも時間無かったのに。でも、ありがたいです。こういう希望が言えるのって生き返ったからこそですもんね」

「由梨、そろそろ準備!」


 ドアの向こうから、汰一が顔を出す。和季の姿を見てバツが悪そうな表情になる。


「何その嫌な顔」

「別に……」

「あの」

「はい?」

「今日はもう大丈夫ですから、二次会に行ってください」

「そうですか?」

「大事な人たちとの時間を過ごしてください。今日は、その幸せそうな顔が見られれば充分です」

「……わかりました。色々ありがとうございました」

「こちらこそ、少しでもお役に立てていたら嬉しいです」


 ぺこんと由梨が頭を下げる。それから、由梨は和季に背中を向けて汰一の元へ駆けて行った。ドアが閉まる。

 生きて、動いている由梨を見るのはこれが最後だ。

 もう、和季が出来ることは無いだろう。後は由梨の思うとおりに過ごして欲しい。

 気持ちを切り替えて、視界の隅に入っていた人たちの方へ向き直る。和季からは距離を取ってそこにいたのは由梨の両親だ。


「本日は、おめでとうございます」

「……」


 肩から下げている鞄の中から名刺大のカードを取り出して、彼らの目の前に差し出す。


「こんな時に申し訳ありません。由梨さんが死に還られましたら、こちらのカードにある連絡先に電話を入れていただけるようにお願いします。最期を過ごされる場所はどこでもかまいません。一昨日は差し出がましいことを言って申し訳ありませんでした」


 二日前にしたように、もう一度頭を下げる。こんなにもおめでたい日に伝えたいことではないが、この連絡だけはどうしても入れてもらわなければならない。


「……こちらこそ、先日は取り乱してしまって申し訳ありませんでした」

「大丈夫です。こんなことになって落ち着ける人はいませんから」


 由梨の父の顔はこわばっている。謝ってくれている母親だって、本心からかどうかはわからない。大切な今日を嫌な気持ちで終わりたくないだけかもしれない。

 でも、それでいい。


「由梨さんが希望されている散骨ですが、ご本人に資料をお渡ししてあります。お手数ですが後程確認して頂ければありがたいです」

「はい」


 由梨の父は頷く。さっき聞いたとおり、納得済みのようでほっとする。


「では、失礼します」


 頭を下げてから、彼らに背を向けて和季は歩き出した。

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