第7話 思い出
柊木伊弦
そうくんが泣いている。目の前で泣いている。なのに、どうしてか、音が聞こえない。長い耳鳴りのようなものだけが僕の頭の中で響いている。
目の前が真っ暗になった
一番初めに目に飛び込んできたものは家の近くにある古い展望台だった。僕は階段を登っている。左頬からは血が出ていた。
「なつかしい…。」
僕は無意識にそう呟いていた。なつかしい…?なつか………?そうだ、これは僕の過去の記憶だ。確かこの傷は母親に包丁で…。その後家を飛び出してきて……。なんでここに来たんだっけ?
そんなことを思いながら階段を登っていた。何故か嫌な予感がする。何か大切なことを忘れているような気がする。
はっ…そうだ…
僕は全速力で階段を登る。早く、早く、早くしなくては。最後の一段。まだ間に合う。僕は一瞬気が緩んだ。そのせいで足元が滑って僕は転んだ。顔を上げる。
あぁ…また、また、間にあわなかった。
僕の目線の先には展望台から飛び降りる兄の姿があった。
「ごめんなさい…」
そう呟いて涙を拭う。そこにはそうくんの姿があった。さっきまであったはずの頬の痛みはもう無くなっていた。そのかわりに絆創膏が貼られている。
この感情を絵に…。そうだ。僕は兄をなくしたあの瞬間を絵にしようとずっと描いてきたんだ。そうくんは黙ったまま動かなくなっていた。僕はその場から離れる。そしてイーゼルに載せられた絵と向かい合わせに座った。
とにかく筆が進んだ。
僕は周りを忘れて無我夢中で絵を描いた。
いつの間にか夕方になっていた。教室が夕焼けの色に染まっている。教室の隅の椅子の上でそうくんは眠っていた。
そろそろ帰ろう、と思って僕は筆を片付ける。そうくんは起こさないでおこう。本当は起こしたほうがいいんだろうけど一人で帰りたい気持ちのほうが勝ってしまった。誰かと居るのはあまり好きではない。それなのになぜ僕は彼のことを呼び止めたのだろう。まぁいいや。それよりも今はしなくてはいけないことがある。
その日の帰り、僕は花束を持ってあの展望台へ行った。しばらくぼーっとした後、一人で泣いた。
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