第13話
いつも気丈なジジであるが、四大王家の筆頭である重圧を感じていた。これがただの貴族であるならば良いが、四つの国を治める連合国の頂点である。幼い頃から幾度となく命を狙われてきた。生きている兄弟はブルードだけである。他の兄弟姉妹は皆、不審な死を遂げた。それが、いつ、自分の番になるのか、それともブルードがいなくなってしまうのかと思うと陰鬱な気持ちになる。どうしようもなく凶暴になってしまう時もある。だからだろう、自衛のために毒を研究し、好きなマリーに意地悪をしてしまう。もっとも、マリーはイジワル以上に感じているようだが、ジジはそのことに気づいていない。
ルルが連れてきた医師が、ブルードの腕を縫う。針が通る度、ブルードの眉間にしわが寄った。
「敵は誰ですの?」
ジジが震える声で尋ねる。兄なら知っているだろうと期待した。しかし、ブルードは難しい顔をするだけでジジに答えを授けてはくれなかった。
「最近町を騒がせている賊も関係がありますの?」
きっと答えは得られないだろう。ジジはブルードの顔をまっすぐに見てそう感じ取った。
「次期国王はお兄様でよろしいのですね」
ジジが尋ねると、ブルードはまたしても答えなかったが、先ほどとは違い、ジジを真っ直ぐに見つめた。何か言おうとしているのだと分かった。それでも、実際のところ、この兄が何を考えているのかよくわからない。表情も言葉も乏しく、必要最低限の言葉を発しない。
「お前にも、この国の未来と……グロスアルティッヒと会話をする必要があるかもしれない」
「そんなっ……」
ジジはそれがブルードの死を予感していると勘違いして、唐突に取り乱した。悲鳴を上げ、頭を振り乱す。自慢のお下げがほつれて無様になっても、気にしなかった。ルルがジジを抑える。
「ジジ様、落ち着いて」
ブルードは何も言わずに、縫われていない方の腕で取り乱したジジを抱き寄せた。
「だって、それはお兄様が死んでしまうかもしれないってことでしょう? 国の未来を考えるのは、ワタクシじゃなくてお兄様なのに」
「何にだって絶対はない。俺とていつか死んでしまうだろう」
「いやよ、お兄様は死なないわ」
ジジがブルードに強くしがみつく。ブルードの腕にも力が入った。
「我々はグロスアルティッヒだ。その使命と誇りを忘れるな」
鍵を使って地下室でグロスアルティッヒと顔を合わせたジジは、言葉を失った。事前にブルードから説明を受けていたが、それでも半信半疑だった。
グロスアルティッヒは寡黙な男だった。どことなく、ブフ王に似ている。きっと、ブフ王は純粋なグロスアルティッヒの血統なのだろう。彼が血筋にこだわるのもわかる気がした。彼はジジにもブルードと同じようにして見せた。ブルードが死んだら、次の王はジジだと静かに言った。
地下室から出ると、まるで夢を見ていたように感じた。ブルードがいてくれなかったら、現実だと信じられなかっただろう。
「大丈夫ですか」
ルルがジジを支えるように腕を絡めた。ルルも地下室を見てみたかったが、ブルードの許可は得られなかった。それに、地下のことは知っていたが、彼らがこそこそ行くような部屋を見た覚えがなかった。それは、鍵を持つモノにしか姿を現さないからであるということを、ルルが知らないからだ。
ジジがルルの顔を見上げる。何年も会わなかったような気がした。地下室で、途方もない年月を見せられたせいだろう。ジジもグロスアルティッヒに、建国から今までの景色を見せられたのだ。
「どうしたんですかジジ様」
ジジはルルに抱きついた。ずっと心細かった。ルルとこんなに離れたのは初めてである。どんな時も、ルルはそばにいた。
「俺はもう行く。お前も疲れたろう。部屋で休め」
ブルードが去った後も、ジジはその後ろ姿を見つめていた。
大好きなものだけを集めた自室にいても、今日は気分を高めることができなかった。
いったい、誰が我々連合国を攻撃しているのだろう。
短期間に様々なことがあり、考える暇がなかったが、ジジはそれを考えなければならなかった。
それに、ほかの国の状況はどうだ?
マリーは?
考え始めると妄想が暴走する。
みんな、すでに死んでしまっていたらどうしよう。
ブフ王が帰ってこなかったら?
ブルードがいるとは言え、正式に王位を継承したわけではない。国民の動揺は計り知れないだろう。悔しいが、ブフ王のカリスマ性は他に代わりがない。ブルードですら、ブフ王には敵わないだろう。
自分にできることは何かーーマリーは考えた。国のことはブルードが指揮を執るだろう。元々、ジジは国の政には係ってこなかった。それならば、直近の脅威について調査することこそが、自分の使命だと思えた。
「ルル、手紙を出して頂戴」
傍らで腕立て伏せをしていたルルが、汗を拭いて立ち上がった。
「誰に?」
「連合国の各国へ。全員を集めます」
「王族を全員? かなりの数になりますね。ブルード様にまず尋ねてみては」
「馬鹿ね。ワタクシが全員と言ったら、次期国王候補の王子王女だけよ。マリーと、フィリップと、あと……」
「ダークですね」
ダーク。スウィーテン国の王女。ジジが最も苦手な女だ。何を考えているのかわからない。学生の頃からそうだったが、最近はもっとおかしくなった。双子の弟であるリブスタにべったりと張り付いて、自分の言葉を弟に言わせているらしい。そうなってから、ジジはまだ彼女に会っていないが、マリーは会ったらしい。信じられないと文句を言っていた。
弟も弟である。彼は双子だというのに、姉とは正反対で社交性があった。王族で端正な顔をしているのに奢ることはなく、快活で性格もよく出来た人間だった。ブルードを除けば、王族で一番まともなのはリブスタだとジジは思っていた。そのために貴族の女から絶大な人気があった。信じられないことに、あのフィリップも同級の女から人気があったが、彼とリブスタは人気を二分していた。
「そう、あの女も呼んで。次期国王候補を集めて秘密のお話をしましょう。きっと今頃、後継者の話を聞いているはず」
ルルは頭を垂れると、部屋から出て行った。これからこの国はどうなってしまうのか。不安が胸に去来する。
「お前の力は気高さ」
「何? 何なの?」
唐突に、頭の中に声が響く。
「声に出さなくても良い。今、私はお前の心の裡にあり、語りかけている」
何を言っているのか、いまいち良くわからなかったが、グロスアルティッヒがそうだというならそうなのだろう。ジジは考えることを放棄していた。
「物わかりが良いな」
何も考えていないだけであるとは言われなかった。
「それで、グロスアルティッヒ様が何の用?」
「お前に力を与える」
「それはありがとう」
さして興味もなさそうに答える。
「お前の力は気高さ。その高貴な心が最大の武器」
「どういうこと?」
すでに胸の裡にグロスアルティッヒの気配はなかった。
「なんなのよ、一体」
ぼやくように言うと、ジジは机に置いてあったポーションを一息に飲み干した。
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