第12話


「血が繋がっていなくても良いの」

 イザベルは真顔になった。

 光よ、私を王に。マリーは願った。

 フランクライヒはイザベルの問いには答えなかった。二人を交互に見て、首をかしげる。

「お前たちのどちらが王になるかは、お前たち次第だ」

 そう言うと、フランクライヒだったものは、光の玉になり、それは2つに分かれてマリーとイザベルの中に入った。

「どうして」

 マリーより先にイザベルが言った。「私こそが次の王であるべきなのに」とでも言いたいのだろうか。マリーはイザベルを睨み付けた。イザベルはハッとした顔を下に向けた。

「私なんかよりも、お姉様の方が適任だわ」

 取り繕うような、引きつった笑顔。疲れているからだろうか、いつものような人畜無害そうな表情ではない。この子も、腹に一物抱えているのだ。さすがフランクライヒの血を継ぐだけある。

 体の中に入った光は、何者なのだろう。声をかけてみても、腹を叩いてみても、うんともすんとも言わない。もっと何か説明はないのか。

 もう、ここにいても仕方がない。マリーとイザベルは陰鬱な気持ちで部屋から出た。すると驚いたことに、そこは地上だった。ポケットに手を入れると、鍵が入っていた。

 王になるためならイザベルを殺そうかとも思ったが、それが意味のないことであることは、すでに理解していた。何か落ち度があれば、光はマリー以外を指名するかも知れない。

 愚かなクロヴィス――彼は王の資質もなかったし、最後まで選択を誤った。

「お姉さま。一緒にいて。怖いの」

 地下室から出た後、自室に戻ろうとすると、イザベルが小動物のような目でマリーを見上げた。その顔はうんざりするほど見た。見飽きてしまって、心は動かされない。

「私は疲れているの。あなたも一人前のレディなら、一人寝ができるようにならないとね」

 冷たくあしらって、乱暴に自室の扉を閉めた。マリーは息を殺して、部屋の外に意識を集中した。イザベルはまだ部屋の扉の外にいる。妹が何を考えているのか、マリーにはよくわからなかった。ただの気弱な第二王女ーーそれで片付けられるような性格ではない。今日、確信した。

 しばらくすると、ようやくイザベルが立ち去る気配がした。やっと解放された気持ちになって、マリーは寝台に飛び込んだ。

「聞こえるか、マリー・フランクライヒ」

 体を震わせるような、脳髄を針で刺すような、そんな感覚だった。驚いて寝台の上に起き上がった。

 マリーは慌ててあたりを見回す。

「お前の心に直接話しかけている。怖がるな、私は敵ではない」

 確かに、フランクライヒの声のように感じる。実際、聴覚的に聞こえたわけではないので、感じるだけだ。

「なによ、やっぱり今になって、私が次期国王はやめたっていうんじゃあないでしょうね」

 マリーがつっけんどんに吐き出す。

「口に出さなくても、心に思えば私に伝わる」

 顔が熱くなった。馬鹿にされているように感じた。自分ばかり熱くなっている。

 マリーは精いっぱいの怒りを思い浮かべる。

「これだ。これこそ、お前の力の源」

「どういうこと?」

「お前の原動力は怒り。そして憎しみ」

 失礼なーー思ったが、それに関しては反論する余地はない。確かに、マリーの裡にあるのは怒りである。それも、この国、国王、妹、何もかもすべてが憎い。理由は自身の出自に由来する。

「お前の怒りを力にかえてやろう」

 そういうと、再びフランクライヒの気配が消えた。

「どういうこと?」

 問いかけても、答えは得られなかった。

 なんて勝手なやつだろう、寝台を降りてマリーは地団駄を踏んだ。近くにあるものをつかんでは、滅茶苦茶に投げた。気に入っていたグラスや陶器の人形が音を立てて壊れる。音が止むと、女中が部屋に入ってきて無言で片付けを始める。マリーの癇癪はいつものことだ。彼女らも慣れたものだった。

 女中が部屋を片付けている間、バルコニーに出て王の部屋を見上げた。

 連合国の子女が、多く同年代である理由がなんとなくわかった。こうやって、秘密を共有するには仲間としての絆が大切なのだろう。同年代である方がその絆を保ちやすい。

 空を見上げ、各国の後継者達のことを考える。癖の強い彼らとやっていかねばならないことに身震いする。

 バルコニーから部屋に戻ろうとしたとき、風に乗ってフランクライヒの声が聞こえた。「クロヴィスはもうすぐ死ぬだろう」


 


 マリーが真実を知ったのと同じころ、ジジもブルードから真実を聞かされていた。グロスアルティッヒの次期国王はブルードだった。それには、ジジも含め誰もが納得していた。納得していないのは、地方帰属を束ねる元老院の一部くらいで、彼らでさえ、ブルードが外遊から戻ってきてしまったら自分たちの出る幕はないと思っていた。

 ブルードはジジとルルを自分の執務室へ招いていた。

「あの、ブルード様」

 ルルが立ち上がって、おずおずとブルードに話しかける。

「俺たちだけの時は、もっと気さくに話しかけて良いと言っているだろう」

 ブルードが柔らかい笑みを浮かべた。

 ルルはジジの付き人ではあるが、身分としては高くない。外では気軽にブフ王はもちろん、ブルードにも話しかけることは出来ない。

「ありがとうございます。あの、兄は……」

 ブルードの付き人は、ルルの兄だった。彼もまた、フィジカルに秀でた才能の持ち主である。ルルと似て軽薄な男だった。彼は寡黙なブルードと、不思議と馬が合うようだった。ブフ王といいブルードといい、自身のキャラクタとは真逆のものと馬が合うのは血だろうか。

 ルルの言葉に、ブルードは顔を歪めた。その表情を見て、ルルは悟った。

「死んだのですね」

 ブルードが頷く。

「外遊先でな。俺も襲われたのだ」

 ルルの一族は王家の盾である。ブルードを守って死んだのであれば、それは名誉である。

「立派な最期でしたか?」

 泣きそうになるのをこらえながら、ルルは尋ねた。

「ああ、俺のことを守ってくれた。俺を襲った賊は、全員あいつが返り討ちにしてくれた」

「よかった」

 ルルは腹筋に力を入れ、涙をこらえた。兄とはずっと仲が良かった。生まれてから、普通の人生を歩めなかった分、彼ら兄弟の絆は深かった。

「亡骸を連れて帰れずに申し訳無い」

「謝らないでください。我々はそういう役目なのです。兄は正しく死に、貴方は正しい行動をとった。それだけのことです」

 ルルの方に、ジジがそっと手を乗せた。 

「それとジジ、お前に話しておくことがある」 

 ブルードはジジを見た。その顔は疲れているように見えた。珍しく目の下にクマがある。

「国王は外遊に行く前、これを俺に託していた」

 ポケットから古ぼけた鍵を取り出す。鍵と言って良いのか、鍵の先が印鑑のようになっていた。

「この事態を見越していたと言うことでしょうか」

 ジジが不安な気持ちを隠せずに尋ねた。ブルードは首を振る。

「俺も、ただでは済まなかった」

 ブルードは涼しい目でジジの顔を見た。我が兄ながら、その美しさに見惚れてしまう。ルルはテクニックで女中たちを虜にしているが、ブルードはただそこにいるだけで男女関係なく見惚れさせてしまう。

「お前は大丈夫だったか」

 椅子から立ち上がり、ブルードがジジの手を自分の手で包み込む。

「大丈夫ですわ。私はあんな下々のものには屈しませんもの」

 ブルードに手を握られて、ジジは自分の手が冷たくなっていたことに気付いた。本当は、かなりピンチだったのだ。フィリップの偽物が来たことや、それを撃退したことを話す。ブルードは特に表情を変えなかったが、むしろそれがジジの心を安定させた。

「お兄様、お怪我」

 ブルードの腕から血が流れていた。

「傷口が開いたか」

 上着を脱いでシャツを捲り上げると、雑に縫い合わせたような跡があったが、腕がぱっくりと割れていた。それをみて、ジジは思わず悲鳴を上げてしまった。

 ブルードは何でもないような顔でシャツを破いて傷口に巻き付けたが痛そうに顔を歪めた。

「いけませんわ。今すぐ医者を呼んできます」

「必要ない」

 ブルードが言うが、ジジはそれを聞かずに部屋を飛び出そうとした。それをルルが腕をつかんで止めた。

「その格好で走るのは無謀でしょう。私が行きます」

 ジジはスカートの下にファージンゲールを着用している。そのせいで走りづらいったらない。おまけにピンヒールだ。走っても、部屋からでて何歩も歩かないうちに転んでしまうだろう。

「早くね」

 ジジはルルに寄りかかるようにして、小さな声で言った。

「わかっています」

 ルルはジジの頭を優しく撫でた。

「ほら、離れてくれないと行けませんよ」

 ジジの手が震えている。ルルはギュッと握った。

「怖いの」

「大丈夫です。私がついてますから」

「お願いよ」

 ジジはルルの手を離した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る