第40回 出血~病名は子宮体癌

修二が自宅マンションの部屋に入ると、明かりは消され物静けさが漂っていた。


「和美さん?」


修二は静かな廊下を真っすぐ歩いて行き、ダイニングキッチン・リビングに

入り照明を点けるが和美はいない。


〈もう、寝たのかな…。でも、まだこんな時間だし…〉


ふと、修二の視線が柱時計に向く。

「……」

時計は6時50分を差している。


修二は寝室のドアを開け、明かりを点けた――が和美の姿はなかった。


「あれ、どこ行ったんだろ…。いっぱい、話したいことあったのに…」


修二は部屋中を探すが和美の姿はどこにもない。


「和美さん、どこ?」


そして、修二はトイレに入り明かりを点ける。


「!!」


その視野に倒れている和美が飛び込んできた。


「かっ…和美さん…」


修二はすぐに和美に駆け寄り、その体を抱き起こす。


ふと、修二の視線が便器に向く―――ーー。


「え…?」赤く染まる水がその目に止まり、修二の動揺する顔には

額から頬を伝い冷汗が一本の線を書くように流れていた。


「和美さん―――ー」


和美の額から顔中にまで大粒の汗が噴き出し、和美のスカートから伸びる

色白の美脚にも赤い糸のような線がじんわりと流れるように筋を引いていた。



修二はすぐに救急車を呼んだ。




「ピーポーピーポー・ピーポーピーポー」


夜の街に救急車のサイレンの音が響き渡る。


救急車は井岡総合病院に入るとサイレンの音が消えた。



和美の意識が戻ったのは、処置が終わり1時間が経った頃だった。


和美が気づいた時、そのには天井の白いタイルが呆然と映っていた。

「和美さん? よかったあ、気がついたんだね」

「ここは?」

「病院の処置室だよ」

「え、修二君?」

心配そうに修二が和美の顔を覗き込んでいる。

「大丈夫?」

「私…」

和美が上半身を起こそうとしていると、

「ああ、そのままでいいですよ」

検査結果を見ながら医師が言った。

「処置は終わったみたい」

修二が和美の耳元で囁く。


「あの…先生…」

修二の視線が医師に向く。

「…君は確か…」

「ここの調剤薬局に勤務している花江修二です」

「彼女にご家族は?」

「あ…」

修二が言いかけると、和美の手が修二の手を握り修二は口を閉じた。

「…いません」

「そうですか…」

「花江君…君は彼女の知り合いですか?」

「はい…彼女と結婚しようと思っています 」

「そう…」

医師は眉間にシワを寄せ難しい顔をする。

「あの…先生…彼女の病名は…」

「大変言いにくいですが、彼女は子宮体癌です」

「え? それで治るんですか?」

「一刻も早く手術した方がいいでしょう」

「助かる見込みは?」

「彼女の場合、子宮の全摘出が望ましいです」

医師は淡々とした口調で言うが、和美の耳にはレコードの音が飛ぶように

途切れ途切れ聞こえていた。それでも、言葉の前後と医師の口の動きで

和美は察知していた。


「それで彼女は助かるんですか?」


「それは何とも言えませんが、まだ他の臓器に転移していない分、

子宮全摘出をすればまだ見込みはあります。それでも5年は経過観察と治療が

必要です…」


「でも…子宮全摘出をすれば、もう二度と子供は産めないですよね」


「……」


和美がその言葉を発した瞬間、先生は口を閉ざして それ以上

何も言うことはなかった。


「取りあえず、今は安静にした方がいいでしょう。暫く入院しましょう」


「はい…」



「個室と3人部屋しか今は開いてないですけど、どうしましょうか?」

看護師が聞いてきた。


「それじゃ、個室で…お願いします」


「はい。ベットの用意ができ次第 入室できます」


「宜しくお願いします」



看護師は処置室を出て行く。










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