第39話 偶然か…必然か…

〈俺はまだ知らなかったーーー。和美さんの娘がこんなにも近くにいたなんて

本当に何も知らなかったんだ……〉

修二は井岡総合病院の敷地内にある調剤薬局で働いていた。


そして、幸子もまた井岡総合病院の婦人科で働いていた。


幸子は廊下で水野昴流みずのすばるの背中を見つけ声をかける。


「昴流君」

「おお、さち

彼は幸子の彼氏で水野昴流みずのすばる(23歳)。

病院内にあるリハビリセンターで勤務している。

「あのさ、昨日さ須崎神社に来た?」

「え? 何言ってんだよ。昨日は俺、出勤だって言ったろ」

「―だよね」

〈やっぱ、違ったか…〉

「あ、ねぇ今日は何時あがり?」

「ああ日勤」

「じゃ、6時あがりだね。私も日勤だから一緒に帰ろ。

美味しい焼き鳥屋見つけたんだ(笑)」

「了解(笑)」

「じゃあね」

婦人科とは逆方向へ向かう幸子を引き止めるように昴流が声をかける。

「あ、さちどこ行くの? そっちは婦人科じゃねーじゃん」

幸子は振り返り、

「ああ、調剤薬局。昨日ね無理言って薬出してもらったんだ。

処方箋、渡すの忘れてたからさ」

「そうか…。修二によろしくな」

「オッケイ」

そう言って、幸子は調剤薬局へと向かった。




調剤薬局の自動ドアが開き幸子が入って来ると、すれ違うように一人の女性患者が

出て行った。患者もいなくなり薬局内はいている。


パソコンの前で処方箋を打ち込んでいる修二の姿が幸子の目に止まる。


「随分、ため込んでいますね、先輩」

 

「ん?」

修二が顔を上げると、その視線に幸子が映る。

 

「おお、さち…」

「はい、これもお願いしますね」

幸子は処方箋を修二の前に置く。

「昨日、風邪薬もらったんだけど、処方箋出すの忘れてて」

「ほんと、そういうとこ抜けてるよな、お前は(笑)」

「先輩、何かいいことありました?」

「え、別に…」

「最近、いい感じに変わってきたなあ…って思って…」


修二は処方箋を手に取る。


「恋しました?」


「なっ、、、、」


唐突とうとつに発した幸子の言葉に修二は思わず動揺し視線を逸らす。


「ほんと、先輩ってわかりやすいですね」


「お前こそ昴流と上手くいってんのか」


「ああ、上手くいってますよ、おかげさまで」


「そりゃ、よかった…」


「ーそれで、どんな人ですか?」


「何が?」


「先輩が好きになった人…」


「――ん、キレイな人…色が白くて透明感があって…どこか影があるような…

最初、出会った時はそう思ってたけど…でも、最近はよく笑うようになって隣にいるだけでホッとする…感じかな…」


「へぇ…そっかあ…」


「っだよ…」


「よかったですね、先輩…。私の言った通りだったでしょ」


「…え?」


「生きてて良かったね…先輩…」

幸子は万面の笑みを浮かべて はにかんだ。


「……そうだな、、、」

 

修二は優しい笑みをこぼし、ふと 昔の事を思い出した―――ーー。

 




―――あれは修二が高校3年生の時だった。

 



※ 父親から虐待を受けていた修二は学校の屋上の縁石に立ち身を乗り出していた。

  

〈垂直に伸びるコンクリート地面を見下す光景は異様なほど目の前の景色がぼやけて

見えていた〉


〈ここから飛び降りたら多分即死だ。『俺はこれで楽になれる…』そう思った俺は

重い足を少しだけ浮かせた……〉




〈俺がさちと出会ったのはそんな時だった――〉





〈俺は前に進もうと足を踏み出すが、背中に重圧がかかり動けなかった。

その瞬間、俺は屋上の広い地面に引き戻され倒れ込んだ〉


『ハァ…ハァ…』


〈その時、俺は目の前の霧から解放され現実を取り戻した〉


〈ふと、隣を見ると、女の子が息を切らせながら地面に両手をついて

青ざめた顔で俺に視線を向けていた〉


『よかったあ…。飛び降りなくて…。私が後1分、遅かったら死んでたよ』


『俺は…別に死んだってかまわなかったのに…いい事なんて全然ないし』

修二は不貞腐れた顔をして横を向く。


『まだ、10代じゃない。これからきっといい事があるよ』


『……』


『今、辛くてもさ…この先の人生がハッピーならいいんじゃない。

きっと10年先、20年先に生きてて良かったって思える時が来るからさ』


〈彼女は太陽みたいな子だった〉


『あの…君は…』


『1年2組 須崎幸子。せを運んでくるって書くんだ』


『君はポジティブだね。両親に愛をたくさんもらって育ったんだね』


『私の両親はいないんだ』


『え?』


『記憶にないんだけど、神社にね、捨てられてたの私』


『え…』


『それで、私を拾ってくれたおばあちゃんがいい人で須崎家の家族に育てられたんだ。お姉ちゃんが2人いて、トトさんもじいじも優しくて、みんな 温かいの…』


『そうなんだ…いい家族なんだ』


『うん(笑)。あ、あなた名前は? 』


『3年1組 花江修二』


『え、先輩だったんですか…』


『……そうみたい…。ありがとう…君に命、助けられたね』


〈俺がそう言うと、さちはにっこりと微笑んでいた〉


〈こうして、さちはあの日からずっと俺を監視するように いつも俺の後ろを

つきまとうようになった。まさか仕事も同じ病院関係を目指していたなんて思わ

なかったけど……〉


〈院内で俺とさちがよく話してるのを見て、友人の昴流が『紹介しろよ』って

うるさく言うから昴流にさちを紹介したら、それから2人は付き合いだしたんだっけ…〉



〈俺はさちから解放されたくて昴流を紹介したんだっけ……。

でも、まあ…あの2人が上手くいってよかったけど、、、、」




「先輩! ねぇ、先輩ってば!!」

さちは両手を「パン!」と合わせる。


その手を叩く音に反応し、修二は現実に引き戻された。


「ああ…わりぃ…」


「あ、そう言えば、先輩…昨日…」


「え?」


「……いや、あ、別にいいです」

〈先輩が須崎神社なんかに来るわけないよね…〉


「修二、その子、婦人科の子?」

調剤室から先輩薬剤師の米津秋生よねずあきお(30)が声をかける。


「ああ、はい」


「さっき、婦人科の婦長から内線があって、そこのホルモン注射渡してくれる?」


「あ、わかりました 」


「サインもらってね」


「了解です」


修二は幸子にホルモン注射を渡す。

「なんか、婦長さんから内線があったみたい。あ、この紙にサインしてくれる?」

「わかった」

「婦長さんは幸(さち)の居場所、わかるんだね。すごいなあ」

「検査室に寄ってから調剤薬局に行くって出てきたからね」

「そうなんだ…」

「はい、書けたよ。じゃあね、先輩」

「ああ…」

修二はその用紙を手に取る。

ふと、そこに書かれた【婦人科、須崎幸子】のサインが修二の視線に止まる。

さち

修二が幸子の名を呼ぶと、幸子は立ち止まり振り返った。

さちの名前、須崎幸子なのか…」

「うん…そうだよ。何を今更(笑)」

そう言って、幸子は笑っていた。

〈俺はさちの本名を完全に忘れていた。いつもさちって呼んで

いたから、さちの名前がだということも忘れていた〉


「じゃ、行くね。あんまり長居ながいもできないし」

「ああ…」


そして、幸子は調剤薬局を出て行った―――ーー。




〈まさか、こんなに近くにいたなんてな……〉





〈和美さんの娘、見つけたよ、、、こんな近くで元気に働いていたよ〉



修二は早くこの事を知らせたくて、定時刻に勤務が終わると、早急に

走って自宅マンションに帰って行った―――ーーー。









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