第32話 同居

〈どれくらい眠っただろうか……〉


〈そう言えば、ゆっくりと何日も眠れなかったような気がするーー〉


和美が目を覚ますと、そこは知らない家の寝室のベットの上だった。

「ここは…」

和美は腰を起こし辺りを見渡す。和美の目に映る見覚えのない部屋には

シンプルな家具が置かれキレイに整理整頓されていた。

和美はゆっくりとベットから下りて寝室を出て行った。

和美が廊下に出ると、いい匂いがプンプンと漂ってきた。

足が向くまま和美は突き当りの扉を開ける。


その部屋はダイニングキッチンに繋がっていて、その先に向いた和美の視線に

見知らぬ好青年が映る。好青年は手際よく鍋を調理器具でかきまぜながら

料理を作っていた。

「ん…?」

好青年の視線がポツリと立つ和美に向く。

「あの…」

「よかった…目、覚めたんだね」

「あの…今、何時ですか?」

「んー、夜の7時かな?」

柱時計に視線を向けて好青年が言った。

「え、7時ですか? あの…私…」

「駅のホームで倒れたから取りあえず俺ンのベットに寝かせてたんだけど、俺も仕事があるし そのまま放置して、俺もさっき仕事から帰ってきたとこかな…。心配してたけど、ずっと寝てたんだね、大丈夫?」


〈彼はあっさりした口調で淡々としゃべっていた。今風の感じの男の子だった〉

〈かなり若く見えるけど……〉


「あの、ご迷惑をおかけしました。すみません、もう大丈夫ですから」


そう言って玄関へ向う和美の足を止めるように、


「あ、あのさ、お腹すかない?」

好青年が言った。


「え…」


「ご飯、食べていかない?」

和美に視線を向けると好青年は優しく微笑んだ。


「‥‥」


少しだけ強引な彼に押し切られるまま和美はダイニングテーブルの前に

座らされた。


「はい、どうぞ」


カレーに野菜サラダ。

和美の目の前にはごく普通の一般家庭に出てくる料理が出された。


「俺、あんまり料理、得意じゃないけど、どうぞ召し上がれ」


「あ…はい…」

和美は一口、目の前の食事を口にする。


「美味しい…。カレーの味がする…」


「うん。まあ…カレーだからね…(笑)」

 

「そうだね…」

和美の顔にも少しだけ笑みがこぼれる。


彼は和美の笑顔に惹かれる何かを感じていた。〈ドキッ〉


「あ、あのさ…名前、聞いてもいい?」


「和美…。小宮和美…」


「和美さんか…。キレイな名前だね。俺は花江修二。あ、さっきも言ったけど…」


「修二君…」


「歳は?」


「……」


「あ、ごめん。女性に歳を聞くのは失礼か…じゃあ、俺から言うね。俺は23歳、

ちなみに独身。ってか、見合いじゃないんだから独身はないよな(笑)」


〈修二君は一人でボソボソ言って照れていた。なんだか、初々しくて可愛かった…〉


「…くすっ。若いね… 」


「え?」


「プラス15」


「―…え? 」

 

「私の歳だよ」


「え、マジで? 年上かなあって思ってたけど、15も年上だったんだ…。

 全然、若いね」


「若くないよ。修二君から見たら、すっごいオバさんでしょ(笑)」


「……そんなことは…すっごいキレイっス、、、、」


「――……え?」


〈修二君は頬を赤く染めて少し俯いていた〉


「あのさ…さっき…ホントは自殺しようとしてたの?」


和美は静かに頷いた。


「修二君に命救われたね」


「ほっ…よかった…」

修二は安心したと同時に心が解放され一気に肩の力が抜けた。


「ずっと、どうやって和美さんを引き止めようかと思って考えてたんだ」


「え?」


「仕事してても、手がつかないくらい…。もしも、俺が帰る前に和美さんが起きて

帰ってたらどうしようかと…思っちゃったよ… 俺…」


〈修二君…〉


「でも、なんで?」

修二は和美に視線を向けて聞いてみた。


「38年間も生きてると、人生に絶望することだってあるのよ」

和美は静かに囁いた。


「まだ、38年しか生きてないじゃん。これから和美さんの人生だっていいことが

あると思うよ。それってさ、幸せを自分から手放すのと同じことじゃん」


〈修二君は今風の男の子だ。考え方がポジティブだった〉

「いいことなんて…何もないよ…。ごちそうさま…」


和美が立ち上がった瞬間、修二の手が和美の手を掴んだ。


「待って、和美さん…」


「え…?」

その時、なぜだか和美の心はドキッと稲妻に打たれたように、

15歳も年下の男の子に胸が揺さぶられていた。


「…帰る家、あるの?」


和美は黙ったまま何も言わなかった。


「俺、このまま和美さんを帰せられない」


〈まるで修二君は白馬に乗った王子様みたいだ……〉



「和美さんの話相手にくらいならなれるから…俺。だから……

話したくなったらいつでも言って 」



〈そう言って、修二君は黙って私を家においてくれた〉


〈でもね修二君、私なんかに優しくしてもメリットなんか

なんにもないよ〉


〈だけどね女はその優しさを愛だと勘違いする女だっているんだよ〉



和美に近寄る男はダメ男ばかりだった。何度も苦労させられ、半分、修二のことも

最初は信用していなかった和美だったが、修二との生活はいつの間にか和美にとって安らげる場所へと変わっていった―――ーー。



修二と和美が同居を始めて3ヵ月が過ぎた――ーー。

その間、修二と和美の間には男女の関係はなかったーーー。

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