第25話 真実

そして歳月が流れ、私は13歳の誕生日を迎えた。


私が産まれたのは寒い、寒い粉雪が降る大晦日だったそうだ。

じいじが亡くなってからはトトさんが毎年 除夜の鐘を鳴らしてくれる。

三奈ねぇと音ねぇはすっかり社会人となり、この家を出て独立していた。

毎年、大晦日には帰ってきて私の誕生日を祝ってくれた。


多分、今年も帰ってくるだろう……

私はお姉ちゃん達が帰ってくるのをいつも楽しみに待っていた。


私は母親のことなど、すっかりと忘れていた。


「さっちゃん…ちっとええかい」

夕食の準備をしていたおばあちゃんがガスコンロの火を止めて、私に近寄ってきた。

冬休みの課題をしていた私はシャープペンの動きを止め、コタツテーブルに置く。

「うん。おばあちゃん、なに?」

「あの子達が帰って来る前に話したいんや」

そう言って、おばあちゃんは居間を出て行く。

その後、私はおばあちゃんの後をついて歩いて行った。

廊下を歩いている時もおばあちゃんは無口で黙々と私の先を行く。

「なあ、おばあちゃん話ってなん?」

私の問いにも答えず、おばあちゃんは襖を開けて一室に入って行った。

その後を追うように私も部屋に入る。そこは4畳一間の和室の部屋だった。


タンスや衣装ケース、その他、段ボール箱がたくさんあり歩くスペースなど

ほとんどないくらいごった返っていた。


「ここは…。こんな部屋あったんやね。初めて見た」

「ああ。この部屋は昔、じいさんの書斎やったんやけど、おらんようになって

しもうてな…いつの間にか納戸になってしまったんや」

「納戸…。ん?」

ふと、私の視線に懐かしいウサギのぬいぐるみが映る。その付近には段ボール箱に

詰め込まれたオモチャや絵本がたっぷりとある。

「うっわああ、なつかしいな」

「ここにある物、全てわての思い出がつまっとるもんばかりや」

「そうそう、これでよく遊んでたわ。ウサギのぬいぐるみもいつの間にか

なくなってさ。おばあちゃんが置いといてくれてたんやね」

「なかなか断捨離できんでな」


「なあ…おばあちゃん、話ってこれを見せる為じゃなよな?」

「……」

おばあちゃんは少しの間、黙っていた。多分、私に何から話していいのか

わからなかったんだと思う。

「私のお母さんのことやろ?」


『私はもう大丈夫やから』と、おばあちゃんを安心させるように聞いてみた。

でも、ホントは心に詰まってるモヤモヤした気持ちから解放されたかったんだと

思う。


「さすがやねさっちゃん。中学生にもなったら冷静に理解できるように

なってきて…。わてはどんどん老化してきとるに…」

「なに、ゆうとんの、おばあちゃんはまだまだ若いよ」

「あんとうな、さっちゃん」

「おばあちゃん…お母さんのことなら、私…もういいよ。私には最初っから

お母さんなんかいなかった。おばあちゃんが私のお母さんやったもん、ずっと…」

「さっちゃん…」

おばあちゃんは目尻を指で拭っていた。

「今更、真実を知ったところで私はお母さんの所には戻れへんよ。だって、ここが

私の家やもん。そうでしょ? おばあちゃん」

「さっちゃん…」

その時、私はシワシワでガサガサした手に抱きしめられた。

丸みを帯びた体で私を包み込むように抱きしめられていた。

もう、おばあちゃんの身長なんて とっくに追いこしているのに、

必死におばあちゃんは私を包み込んでいる。

その手は昔と変わらない 温かい手だった。


「おばあちゃん…もうええ? ちょっと、苦しい…」

「ああ、ごめんな…」


おばあちゃんの手がゆっくりと離れ私を解放してくれた。


「さっちゃんはほんまにええ子になったな…」

「おばあちゃんが育てたんでしょ?」

「ああ…そうやったな…」

「おばあちゃん…私、助産師しなろうと思うんや」

「え?」

「私もおばあちゃんのようになりたい。小さな命を助けたいの」

「さっちゃん…まさか?」

「ねぇ、おばあちゃん…

「さっちゃん、知ってたのかい」

「うん。なんとなくね。この家の子じゃないかって気づいた時、そんな気がしていた。でもさ、みんな、私を家族のように接してくれて、それだけで私は救われたんだ」

「あたりまえやないの。さっちゃんはこの家の家族や。わての子供や。それは、

この先 何があっても変れへん。それは覚えといてな」

「おばあちゃん、ありがとう」


「実はな、さっちゃん…わても、さっちゃんのお母さんのことはわからないんや」

そう言って、おばあちゃんはタンスの2段目の引き出しからおくるみを取り

出してきた。


「これは…」

私がそのおくるみを手にすると、端の方に小さく【幸子】と

ピンクの刺繍がしてあった。

「あれは…粉雪が舞う大晦日の夜だった。おばあちゃんなお蕎麦の出し汁を

作ってる途中で胸騒ぎがしてな屋敷を飛びだしたんや」

「うん…」

「境内の木の下に籠を見つけたんや。それで、そのおくるみに巻かれた

赤子をみつけたんや。その赤子が…」

「私…なんやね」

「そのおくるみに【幸子 】と書いてるやろ?」

「うん…。それで、私の名前が幸子なんやね」

「だから、わても直接はさっちゃんのお母さんに会ったことはないから

わからんのやけど…」

「うん…」

「多分…お母さんもさっちゃんに幸せになって欲しいって思ってその名前を

付けたんやないかいな」

「……」

「お母さんには何か育てれんワケがあったんやと思うんや」

「うん…わかってる。でも…無責任や…」

「そうだな」


「だから…私はめいいっぱい幸せになるんや。この命、須崎家のみんなに

助けられたんだから…」


「そうや、さっちゃんは誰よりも幸せになる権利があるんやから」


「おばあちゃん…」


「さっちゃんは幸せにならんとあかん」


「うん…」


この日、私の目から久しぶりに涙が溢れ出してきた。



物心ついてからは一度も泣かなかった。


涙は弱さ。私は強くありたかった。だから、泣かなかったんだ。


でも、この涙は…多分 我慢していた分 少しだけ 心が解放されたんだと思う。


心がちょっぴり軽くなった気がした――ーー。


もう、大丈夫だ。私は一人だって生きていける――ーー。







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