第19話 私の名前は幸子
私の名前は
私の体を覆っていたお
刺繍されていたそうだ。
物心がついた時には家族の皆から「さっちゃん」と、呼ばれていた。
3ヵ月が過ぎた頃には殆ど首もしっかり固定され、ぐらぐらと動かなくなっていた
私の目は次第に色彩が映るようになり、真っ暗闇の世界から抜け出すことができた。
その目に映るのは赤やオレンジ、黄色、白、黒、緑、青など一色系統の色のみだけ
だった。たまに赤と黄色が重なったり、青と緑が重なったりしてぼやけて見えることもあった。そんな時は手を伸ばして手探りで確認してみる。
私の手の中に何かあると思い、勢いよく ぐにゅって、つねってみたみた。
「いっで、いっで、さっちゃん、それはわての顔や」
「はっはっはっ、おばあちゃん、おもしろい顔ーっ」
もう一つ何かある。
ぶにゅう! 私の小さな手は違う方へ伸び、またつねる。
なんや、これ? と、思いきや今度は2つの穴に指を突っ込んだ。
「ってって…やめてって、さっちゃん、くるひーよ。それは私の鼻の穴やって」
「はっはっはっ…音葉、おもしろい顔っ。あんた、さっちゃんに遊ばれてるやん」
「もー、ひどっ…お姉ちゃん、笑いすぎや」
色んな音が混ざり合ってる。低い音、高い音、優しい音、温かい音……
ここは私の心を穏やかに和《なご⦆ませてくれる場所だ…。
何だかわかんないけど、私まで楽しくなってきた。
「さっちゃんが笑っとるよ」
え…? 私、今、笑ってるの? どんな顔で笑ってるのだろ…。
「ほんまやね。かわいいなあ」
「いい顔しとるわ」
「音葉、もっと面白いことしなよー」
「なんで、私が…」
「ほな、みんなで記念写真とろかー」
「ええなあ」
「さっちゃんを真ん中になー」
「おばあちゃん、さっちゃを抱いてあげて」
「ああ、わかった」
「私はその隣」
「あ、私も」
「じいさん、もっと中入って! そんな端で映らんかよ」
「撮られるん苦手だが…」
「死んだ時はこの写真、引き伸ばして使ったるから、ええ顔しーよ」
「……」
「ほな、いくで」
「康夫、べっぴんさんに映してな」
「写真は正直やからな。ハイ、べっぴん!」
カシャ!!
そして、これが家族と一緒に撮った最初で最後の写真、唯一無二の1枚となった。
やれ、やれ、人の顔を認識することはまだまだ先になりそうだーーー。
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