第14話 はじめまして 赤ちゃん

「おばあちゃん、ベビー服、持ってきたよ」

音葉が慌てて居間に入ってきた。


「ああ、ありがと。広げて置いてくれるかい」


処置も無事に終わり、赤子は布オムツに肌着を着せられていた。

表情もニッコリと愛らしい笑みで微笑んでいる。


「うん。これでいい?」

「ああ…」

「この肌着…布オムツも…おばあちゃんが縫ったの?」

キョトンとした顔で音葉が聞いた。

「ああ、昔は三奈ちゃんも音ちゃんもおばあが縫った肌着と布オムツを

してたもんさ」

「へぇ…」


多江は慣れた手つきで赤子にベビー服を着せている。


「今は殆ど紙オムツをしてる子が増えてんけんど…。産婆をしてっとな

予備の布オムツと肌着を持っとらんと、何かあった時に間に合わんけんな」


「それで、居間のタンスの一番下に肌着と布オムツがたくさん入ってたんやね」

三奈子が言った。


「産まれたての赤子は紙オムツより布オムツの方がええ。昔はお産の妊婦は

そこまで余裕がなくてな、周囲まわりのもんが全部 用意してたもんさ」


「赤ちゃんの顔色もよくなってきて よかったね」

「ほんま、笑っとる。めっちゃかわいかあ」

三奈子と音葉が赤子の顔を覗き込んでいる。

音葉が人差指で赤子の手に触れると、赤子は満面の笑みを浮かべて笑う。

「この子、愛想がいいね」

「うん」

「これでよし、ほれキレイなべべじゃよ」


その時、障子が開いた――。


宗呂の二郎と息子の康夫が居間に入ってきた。康夫は二郎に習い宗呂の修行の

かたわら昼間は仕事に出ている。年末年始や葬儀、法事で忙しい時は

宗呂の方を優先的に行っている。


「あん? 蕎麦はまだっとらんのか」

キレイに片付いたテーブルコタツを見て二郎が言った。

「まあ、すっかり忘れとったわい」

「おじいちゃん、それどころじゃなかったんだよ、ねー」

「そうそう、おじいちゃん驚くよー。こっちきて」

「なんや、三奈」

「ええから、ええから」

三奈子が二郎の手を取り、赤子のそばまで来る。

「なっ……これは…おったまげたわい」

赤子を見て、二郎が驚く。その後から康夫も近寄ってきた。

「ばあさん、こげん赤子どないしたんや? まさか、産婆に行った先で

連れてもんたんかいな」

「母さん、それはアカン。犯罪や。なんちゅーお宅や」

康夫は大慌てで電話帳を捲り、電話の受話器を取る。

「まあ、康夫、落ち着きんしゃい。アンタもね、じいさん」

「お父さん、違うんよ」

「へ?」

「この子、捨て子なんよ」

「え?」

「境内の木の下に置かれとった。冷たくなっててな、可哀想であったかい

お風呂に入れとったんよ」

「そうだったんかいな」

「おばあちゃん、産婆をしちょるだけあってすごかったんよ。

お蕎麦の出し汁を作ってる途中に急におらんようになってさあ」

「昔っからおばあはカンが働くで」

「そうそうビビビっとくるんよ」


ぐー…


「なんや? いまの……」

二郎があっけにとられた表情を浮かべ平然とした口調で言った。


「音のお腹の虫が鳴ったの…」

音葉は恥ずかしくなり耳まで真っ赤になって俯く。

「音…お腹、すいた…」

「そうやね(笑)。おばあもお腹がすいたわい」

「三奈も」


時計の針は0時40分を過ぎている


「ほな、みんなで年越しそば食べようかの。もう とっくに

年越しちまったけど…(笑)」

「うん」

「ええやん。これもええ思い出になるし。私も手伝うよ、おばあちゃん」

三奈子は多江の後を追ってキッチンに向かう。




 








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