第12話 産声

私が入った部屋は冷たくて凍えそうな寒さはなく、まるでさっきまで

居た場所とは正反対のように暖かくてぽかぽかしていた。


優しい手に抱かれ私はゆっくりと湯水に浸けられた。


少し前に入った湯水を思い出す。眠たくなるような温かいぬくもりに抱かれ、

私は夢を見ていたのだろうか……と、錯覚すら蘇ってくる。

その時、抱かれた手に見離され、凍りつくような寒夜空の下に置き去りにされても

なお、それも夢ならいいのに……と思う。


確実に手の感触が違っていた。2つの温もりは別のものだ。


だけど、この手からも温かくて優しいぬくもりを感じる。


そこは、とても居心地がいい場所だった。


冷え切った体温がだんだん戻っていくようだ。


半分凍っていた手足の感覚さえも蘇る。


手足の指先まで血が巡り始めたみたいだ。


温かいお湯を感じられる。私は生きているのか……。


だけど、まだネバついた瞼を開けることはできない。


「音ちゃん、確か寝室の押し入れに音ちゃんが着てたベビー服があったと

思うんだ。持ってきてくれる?」

「いいけど…。そんな赤ちゃんの服なんかママがもう捨てちゃったんじゃないの?」

「いいや。由布子さんはちゃんと取ってあるさ。大事な思い出やからな」

「うん、わかった」


パタパタパタ……。


足音は小さくなりやがて聞こえなくなった。


「お顔もこうかの」


顔に何か温かい物が触れた。


優しく私の顔をいてくれているのは誰なんだろうか…。


まるで凍りついた結晶が溶けていくようだ。


少し目を開けてみようか……。


しかし、数センチ開けた瞳には何も映らなかった―――ーー。


真っ暗な世界……。


私は絶望したーー。明るい光さえ見えないーー。


命を助けられても、なお待っている未来に光などないのだろうか……。


「三奈ちゃん、座布団の上にバスタオルを敷いといてくれる?」

「うん、わかった」


優しい手は私を湯水から救い上げると、クッションがある場所にそっと下す。


「おばあちゃん、はいタオル」

「ああ、ありがとな」


私はふかふかした布で拭かれた。


それは気持ち良くて私の身体に付いた水泡をキレイにきとってくれる。


〈へその緒がハサミで切られた跡…。この子の母親はまだ未成年の若い子か……〉


「あ、三奈ちゃん、そこの棚に産婆の時の救急セットがあるけん取ってくれるかの」

「うん、わかった」

 

〈この子の母親は大丈夫なんだろうか…〉


「はい、おばあちゃん、救急セット」

「ありがとな」

「この子、どっかケガしとるの?」

「ん? たいしたケガじゃないよ。ちょっと傷口を処置するだけじゃよ。

んでくると大変だからの」

「そうだね…」

「ちょっと、みるが、ごめんな」

その声は優しく私に囁きかける。


―――が、言葉がわからない私は神経を打たれるような刺激に耐え切れず、


「オッギャアアアア―ー」


甲高い声を大にして産声をあげた―――ーーー。











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