第9話 除夜の鐘の音

和美が亮介の自宅マンションを出ると、夜空には数個の星が輝き、

冷たく舞う粉雪は見上げた和美の頬を濡らし溶けて流れていた。

紺色のコートの内側にかごを隠すように抱え込み、少ない人通りを

避けながら和美の足は真っすぐと須崎神社を目指す――。

もはや、和美の心に戸惑いなどなくなっていた。


〈すぐに壊れてしまうガラスの心はとてつもなくモロく簡単に娘を捨てる。

そして、何もなかったかのように平静を装って普段通りの生活に戻る。次第に、

それは時間が経てばリセットされ、罪悪感さえも忘れていくだろう――ーー〉


少女の白くて細い手に抱かれた揺りかごの中で、何も知らず無邪気な顔で

赤子は眠っている。ただ この寒夜空の下、風で揺れる木の葉と重なり合って、

コンクリート地面を静かに歩く少女の靴音だけがいているように傍近そばちかく響いているようだった。


ちょうど日付が変わる深夜0時前、少女は赤子が眠るかごを抱いて須崎神社がある一本通りを歩いて来ていた。年末だというのに人通りはなく、ポツポツと明かりを照らす街灯があるだけで、もの静けさが辺りに漂っていた。少女は階段を上がると須崎神社の鳥居から境内に入って垂直に立つ木の付近に赤子が眠るかごを置くと、早々と階段を下っていった。


少女は決して振り返ることはなかった――ーー。



次第に少女の足音は静かな真夜中に響く除夜の鐘の音と共に消えていった――ーー。




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