第3話 温もりの場所

ほどよく籠に揺られた私は懐かしい夢を見ていた。


そこは私が産まれる前にいた場所だった。


光のない水中で私はぬくもりを感じていた。


小さな物質だった私の身体は母となる母体から栄養を

受け水中でどんどん大きくなっていった。

細胞が身体や手足、頭を作り、時々、喧嘩をするような

大きな音が響いてきたが、まだ耳もない状態の時は何を

言っているのかさえ分からない。水中じゃ 殆ど無の状態で

考える脳も発達していなかった私にとっては それもまた

水中で揺られながら居心地のいい子守唄程度のものだった。


私の身体が大きくなるにつれ、水中は狭くて窮屈になっていた。

そろそろ外へ出る準備をしなといけないのかもしれない。


きっと、大丈夫だ。


私を大事にいつも愛して守ってくれていた人がきっと待って

くれている。


私はそう信じていた……。


『…だから、安心して出ておいで……』


私はそう…誰かの声が聞こえた気がした。


きっと、その人こそ私を小さな細胞から栄養を与えて、

育ててくれた母に違いない。

そして、そこには私の幸せがあると思っていた。

母となる人がどんな顔をしているのか、まだ見ることが

できない私は母の温かいぬくもりに触れ、肌で感じ

私を抱いて欲しいと願う。


信じている……。


だから、安心して出て行こう……母が待つ場所へ……。


私は膜を破り、一瞬だけ見えた光と水が流れるまま

母の胎内から出てきた。


私と母を繋ぐへその緒はハサミでプチンと切られ、

2500グラムにも満たない小さな身体はタオルに巻かれた。


まだ、私の目にはその場所がどこなのかも、母の顔さえも

映ってはいない。


でも、私の聴覚は思った以上に優れていた。


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