第2話
夏祭り当日の昼、なにか手伝うことはないかと広場に出向いたら村長の黒木さんに捕まった。
「ケンジくん、どうけ?キングパパイヤジュース、俺は売れると思うんやけど。そいからこれは茶葉、これはアロマで……」
冠島の土地は火山の影響により、肥沃だ。そのため、果物栽培が盛んに行われている。
何故か昔から果物は大きく成るらしく──冠島キングという銘柄で売り出している。キングパパイヤジュースのパパイヤ畑の他にも多くの畑があり、島の人々の生活を支えていた。僕にはわからないような果物や植物もある。
お祭り当日の村はさすがに活気があり、島の中央広場には大きな薪が組まれていた。……観光客の姿は見かけないが、こんなものだろう。
「大したものですよ、果汁100%でしょう?冠島の綺麗な水で。東京のジュースとは大違いです。良質な果物で作ったジュースを皆様に、絶対に届くコンセプトだと思います。自然素材の紅茶やアロマも、最近はナチュラリズムやヴィーガニズムが盛り上がってますし、ターゲット層を間違えなければ欲しがる人はいっぱいいます」
「ケンジくんがそう言うなら間違いないと思うけん、ついすたぐらむ、だっけ?ようわからんけど宣伝しといてな。このアロマ、いい匂いじゃろ?島の伝統栽培の植物を使っててなぁ」
力説する僕に答える黒木さんはそう言ってパパイヤジュースを一箱と、紅茶とアロマも一箱づつくれた。アロマ、と言うがポプリ状の匂い袋で花を近づけると独特な匂いがする。何か、お香のような。僕が答えに少し迷っていると、村長さんは別の話題を買ってきた。
「ほうじゃ、ケンジくんのとこも今年から畑開いたんやろ?神さんにようお祈りせんとなぁ」
「はは、畑なんて大袈裟な。家庭菜園程度ですが、自給自足目指して頑張りますよ。ところでお祈りって?」
「知らんけ?畑を開いた家は、お祭りでよう実るように言うて神さんにお祈りするんじゃ」
「ああ、お祭りの儀式ですか」
「ほうじゃほうじゃ、ケンジくんの畑もうちみたいなでっかい実が成るように、ようけお祈りせんとな」
「はは、ありがとうございます」
儀礼的なものであるらしい、この島の豊穣祈願というのは。昔、島神様へのお祈りを怠ったら神様が怒って火を降らせたのだという。神様によくよくお祈りした結果、慈悲深い神様は一番よく実った果実を村人に分け与え、祭りの晩に一緒に食べることを許した。それから、祭りの晩は村人たちで共に飲み食いし感謝を捧げる日になったのだという──よくある、伝説だ。
村長さんと談笑していると、ミノリがホマレさんと一緒にやってくる。ホマレさんは白いワンピースを着ている。祭りだからめかし込んでいるのだろうか。
そして、その後ろにはヨシキもいた。
「ヨシキ!久しぶりだな。戻ってくるなら言ってくれればよかったのに」
「悪い悪い、お前をびっくりさせたくてさ」
ヨシキと固く抱き合うと笑い合う。東京では常にジャケットでフォーマルな趣味だったヨシキも、アロハシャツと短パンを履いていた。南国の陽気はどこか人を開放的にさせるのか、案外こちらが彼の素なのか。もっとも、僕も似たりよったりの格好だ。この暑さではその服装以外考えられないというのが正直なところか。甘い目つきと榛色の目の色男も方無しである。
「ケンジさん、実はイツキちゃんがうちで寝入ってしもて。ジュリと一緒にお祭りが始まるまで寝かせとこうと思うんやけど」
「お祭りには子供も参加するんですか?夜遅いですよね。ちょっと、教育に悪いんじゃないかな」
「ええんよ。年に一度のお祭りやから。そいに、子供は楽しいことはよおく覚えとるもんやから」
大きゅうなっても島のこと、思い出してほしいやろ。そう言って微笑む彼女は、少し大きくなったお腹を擦っていた。昨日は気づかなかったが、今日の肌のラインを出すような服だとよくわかる。間違いなく、妊娠している。
相手は誰なのだろう、と邪推する。島には若い男は少ない。ホマレさんがシングルである以上、他の男が通ってきているはずだ。まさか、ヨシキということは……あり得る。十歳も年下の女の子と。
「……ケンジ?」
妻の声にああ、と答えると軽く頷いた。妻とも二人目が欲しいね、と言っているのだがなかなかできない。妻は僕よりも5歳年下なので高齢すぎるということはないと思うが。
「確かに、幼い頃から色々な体験をさせることは重要ですね。昼間から寝れば夜も起きていられるだろうし」
「せやよ、一年に一度の特別なお祭りなんやから楽しまないといかん。……そいに、子供はお祭りの主役やからね」
そう微笑むホマレさんの唇は、島に成る柘榴の実のようにしっとりと艶めいて見えた。
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