煙草

上から響く足跡。蛇口から滴り落ちる水。今にも崩れ落ちそうな木材。 足を踏むとギシギシと音がして、漫画のように穴が空きそう。 窓を見ると、カラス達がゴミ袋をあさりながら、ガアガアとなく。

東京の外の方にあるこの狭いアパートは、一部屋1Kで構築されている。 たばこをポケットから取り出した私は、この狭さでお構いなしにライターの火を点ける。

なけなしの給料で買った煙草。500円という高い金を出してまで、私はこの麻薬に取り憑かれている。 ふと、目を済にやると水道代のお知らせが、 これを先に払いなさいと言わんばかりに薄暗い電球に照らされていた。

視線をそらし、現実から目を離す。 ふと、煙草の箱を見ると中身が後一二本。そちら

の危機の方が余程怖い。 タバコの無い世界なんて私は嫌だ。

焦燥感に駆られながら、家を出てチャリをコンビニまで走らせた。 家から出て、徒歩

5分、チャリ2分といったところ。

コンビニの看板がチカチカと点滅している。手入れが十分にされていない証拠だろう。

「ベリーシガーください」 私は、扉が開くと同時に商品名を言う。その様子に、店員

さんはびっくりしたのか少しギクシャクとした様子だった。一体何なのだろうと思っ

た。ただ商品名を言っただけなのに、この対応は頂けない。 

私は、少し怒った口調で「ベリーシガーください」と言ったら、「はっはい、分かり

ました」 とぎこち無い対応をしてくれた。 まあ、私としたらタバコが頂けるだけでこ

ちらとしてはありがたい。後で、星のレビューでもつけておこう。

そう思いながら、500コインを手渡した。

「お客様、こちらが商品になります」

おそらく、笑顔で煙草を手渡す店員の手を握り締めながら「ありがとう、生まれてき

てくれて」と口蓋垂から言葉を漏らす。

店員の顔は見ていない。・・・多分、笑顔だったと思う。

それから次の日も、タバコを口にした。

コンビニやスーパーで売られた煙草を見つけては買い漁り、500コインを手渡す。

仕事や仕事の休憩中なら尚更、煙草が欲しくなる。 仕事場の食堂で、煙草を手にした瞬間は皆の視線が怪しかった、とは思ったけれど、数分には皆視線を元に戻した。 あの仕事場には、噴煙所が置いてない。だから、見逃してくれたんだろう。

ある日の帰り、私はチャリをこきながら白い息を口から出していた。

「結構、寒くなったなぁ」

今は、もう十二月。この時期になってくると、煙草の必要性もさらに増してくる。 私は、サドルを回しながらよく行くコンビニに行く。しかし看板が、完全に消灯していた

。私は、コンビニの前に立ち「あの、すみません。 ベリーシガーください」と言った。

しかし、自動扉は開こうとしなかった。 上にも下にも開かない。まるで私を拒絶しているかの様だ。絶望に駆られ、タバコの中身を確認する。 あと一本しかない。

絶望が私の体を支配する。ニコチンの無い生活など耐えられない。頭が、おかしくな

りそうだ。頭、身体、腕、足、全てニコチンで出来ていたいのにこの自動扉がそうし

てくれない。

こじ開けてでも奪い取るしかないと思った私は、近くに置いてあったバールを思い切

り扉の隙間に打ち付けた。 ギギギギギギと音がしながら、徐々に隙間の感覚を開けて

いく。

そして、その隙間から漂うニコチンの香り。間違いない。タバコだ。

私は決死の思いでバールを動かし徐々に徐々に自動扉をこじ開ける。

ギギギッとした音がガガガッに変わる。私は多分今、世界で最高の表情をしているに違いない。

もう少し、もう少しだ。もう少しで開く。

ガキンと音がした。人がひとり通れるほどの隙間が、私の目前にある。私は、大いに喜ぼうとした。だって喜ぶべきだ。 煙草が手に入るのだから。 しかし、ある違和感に気づいた。

見慣れたそこには、見慣れた店員の姿がなかった。その変わり、一つの見慣れない看

板が置いてあったのだ。その看板には走り書きで、こう記されてあった。

「あなたのせいです」

なんの事か分からなかった。警告か、それともメッセージか。多分、私宛ではないだ

ろう。その看板を気にせず、レジに並べられてある煙草をポリ袋の中へと突っ込んだ。

ポリ袋にたくさんのタバコを入れた私は、重いサドルを漕ぎながら、家まで辿り着く。

家まで辿り着いた私はチャリを置き、タイヤを固定した。

そして、扉の鍵をガチャりと開けた。 中は真っ暗だ。ライターで火を照らさないと、何も見えない。しかし、ライターを買うのを忘れたらしい。 「まあ、いいや」 そう言ってタバコを手にとった。それを口に加えようとして、私の意識は闇に消えた。

変な匂いがする。 見慣れない、見慣れない、見慣れない、このベッドはなんだろ

う。この匂いは何だろう。

辺りを見渡し、ここが何処かを探る。 あたり一面、白の壁に包まれている。そして、

私は探る探るうちに一人の男性を発見した。白衣に見を包んだ見知らぬ男性は、私に

ニッコリと微笑んだ。

目覚めた場所は病院だったのだった。そして、男は言った。

「レントゲン、撮りましょうか」

私は重たい身体を歩かせながら、診察室へと歩いていった。

脈を取り、レントゲンを取る。 機械に胸を押し付けて、言われるがままに行動を行う。

ニコチン、ニコチン、ニコチン、ニコチン、ニコチン、ニコチン、ニコチン、ニコチ。

「いや、これは前代未聞ですね」

男は、私にレントゲンの画像を見せてくる。そして、その画像を見た瞬間、私は頬を

緩ませる。

そこに映っていたのは、大量のタバコに埋め尽くされた胃袋だった。

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FIRSTSINGLE『炎天下クラシック』 YOSHITAKA SHUUKI(ぱーか @yoshitakashuuki

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